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zoom RSS 在日外国人の救援・支援に日本が問われる

<<   作成日時 : 2011/03/21 07:41   >>

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日朝国交正常化運動にたずさわる者としては、震災というと、すぐ「関東大震災における朝鮮人虐殺」を想起する。阪神・淡路大震災の際にも、関係者の間では有名な「差別」があった。その事情を「初老のトクさん」のブログより紹介する。

 阪神淡路震災の折にもこうした差別意識が知らないうちに行政においても頭をもたげました。行政が、在日コリアンが避難所として利用していた朝鮮学校を緊急避難地として認定しなかったために、在日コリアンが被災者への様々な支援から除外されたのです。もちろん在日コリアンが同胞愛を発揮して全国的な規模で支援を行ったことから,朝鮮学校に避難した人々には行政が認定した他の避難所よりも多くの物資が届き苦労を少なくしたと言うことです。
 管理人が聞いた話では朝鮮学校は近隣の日本人も受け入れ苦労をともにしたばかりか、他の避難所から足りない物資を探しに来た人々にできる限りのことをしたと言います。政府指定の避難所から人が訪ねてきて、赤ちゃん用のパンパースがどの避難所に行ってもなく困っていると訴えるの聞いた朝鮮学校避難所では、当然、あるだけのパンパースを分けたのですが、訴えてた人は涙ぐんでいたと言います。
 朝鮮学校避難所の秩序は整然と保たれ、朝の体操から避難生活に必要なあらゆることが組織的に解決されていきました。そしてそこに避難していた近隣の日本人が,朝鮮学校は避難所に指定されていないことを知って、行政に正式に避難所として指定し、政府の支援を与えるべきだと訴えました。この訴えを受け入れてから,初めて朝鮮学校避難所に政府の支援物資が届くようになったのです。それは指定避難所に政府支援物資が届き始めて10日以上も経ってのことでした。
 政府に指定避難所として認定されるまでは日本人も含む大勢の避難者は唯一、在日コリアンの同胞愛によって励まされたのです。そして朝鮮学校に避難した日本人はどんどん増えていきました。政府支援のある避難所にいた日本人も続々と朝鮮学校避難所に移ってきました。民族的区別はあっても決して差別があってはならないはずです。今回の東北大震災での救済、支援活動での教訓として欲しいものです。


今回の震災地域にも「東北朝鮮初中級学校」があり、被害を受けたが、幸い、全国の同朋の皆さんから支援があり、さらに阪神・淡路大震災同様、近隣の困っている日本人を助けているとのメールが送られてきている。実に、頭が下がる努力であり、多くの方に伝えたい。長文だが、あえてほとんど全文を紹介する。もちろん、もっともっと被災の大きい地域にも在日コリアンの方がおられ、さらには旅行中だった方を含めて日本人以外の被災者は多かったと思う。あまり報道はされないが、日本人としては、日本人以上に「安否確認」「救援」「支援」をすべきであろう。東京十条の朝鮮学校でも体育館の天井が落ち、幸い生徒がいなくて良かったが、老朽化している学校には不安がつきまとう。今回の震災に対し、全世界からご支援や激励をいただいている。心より、感謝しつつ、日本人としての責務を果たさなければならない。では紹介。

朝鮮学校の取材を精力的に行っている韓国YTN記者のSさんが3月15日早朝に東京を立って、午後に宮城県仙台市の東北朝鮮初中(高)級学校に到着しました。学校の様子をレポートしてくれています。遅くなりましたが、3回分まとめてお送りします。
【東北朝鮮学校便り】その1 東北の学校の皆様は無事です〜。〔送信日時: 2011/03/15〕
@学校には4時過ぎ着きました。第一印象は、校長ソンセンニムと奥様が、大変明るく愉快な方です。A他のソンセンニム達も大変優しく、暖かく、しかも凄く面白いです。B学校の方は、思ったより被害が多いです(地面にはかなり大きい亀破があちらこちら目立ち、玄関先の階段全壊、地番沈下で校舎の水平が傾く、その為、校舎の窓がほぼ全部閉められない等)。校長ソンセンニムが雨の中、学校を回りながら説明して下さいました。お疲れ様でした。チョンマルコマッスミダ(ちょうどこの前後、4号機爆発があったようです)。C学校の広々食堂で皆さん、毎食、一緒に炊き出しをして、ほのぼの、暖かい雰囲気で食べてます。勿論コマプレスも頂きました。非常に美味しかったです!ごちそうさま!D一番困るのはガソリンらしいです。それと現金があれば、ちょっと遠目に行き、皆の分の買い出しも出来るらしいです。
【東北朝鮮学校便り】その2 東北学校2日目、雪、真っ白〔送信日時:2011/03/16〕
@昨夜大きい地震がありました。今朝も。A朝、起きたら昨夜より降ってきた雪で、学校回り、山等まで真っ白。B節水の状態が続いていて、ストックの水がわすがなので、節約しながらトイレも洗面も解決中。ガスも復旧まで最短1ヶ月かかると言われている状態。電気が通じたことだけでもありがたい。C今朝、先生方が壊れた校舎に入り、子どもたちの本、文房具などを校舎の外へ取り出しました(万が一、校舎が倒れる恐れもあるということで)。Sも付いて入り、色鉛筆、そろばんなど、床の上に散乱してるのを拾い上げ、出しました。四十年前建てられたとは言うものの、床は木の温もりが気持ち良い等、居心地抜群のこじんまりした教室でしたので驚きました。だからもっと胸が痛い。Dこの地域の日本の方々が避難してる所からは‘食糧が切れて困ってる’という情報があったので、昨日3時間並んで、やっと買えたお米で、オモニたち、女の先生たちがおにぎりを大量に作っています。日本の避難所に差し上げるため。E学校にはガソリン、灯油がほぼ切れたので、今Sは、先生と一緒に、ガソリンスタンドを回ってます。雪の中、ガソリンスタンドの前には行列が絶えず。ガソリン用の容器がもっとあればと思いました。
【東北朝鮮学校だより】その3 2日目午後 〔送信日時:2011/03/16〕
@朝食後、日本の方々が避難してる3ヶ所に、オニギリ400個とバナナ1箱を校長ソンセンニムと若い先生たちがお届けしたので、お米のストックは結構あるかな、と思いました。が、学校に帰ってきて、お昼の時間なのに暫くしても食事準備等の気配は全然なく、何故か皆様いつもの通り明るく楽しい雰囲気でコーヒーを飲み始め、Sにもインスタントコーヒーを勧められたので‘お昼食べてから飲みます’と答えたら‘ここ(学校)は、朝晩、1日2食だけ’と言われまして、驚きました。(国籍とか関係なく)‘皆’で分ける為、1日2食だけを食べて来たんですね。(そういうことで、まだ1日2食になれてないさゆは、朝食8時に食べてから夕食の時間6時までもう耐えられなく昼過ぎから目眩でふらふらしてますが皆様は平気らしいです)

「4日目:晴れ、時々地震」
1.お待たせした方には申し訳ありませんが、昨日は、どなたとも連絡ができませんでした。その理由は、昨日(17日)は東京から支援物資が2トラックも到着したので、それをニュースにするため、ネットが出来るところを探しに走り回り、一日中、他のことはなんもできない状態でした。やっとニュースの作業が終わって夕食を食べさせていただいたのが23時回ってからです。既に夕食が終わり、片付けまで終わった時点だったので、食べずにそのまま寝てしまおうと思ってましたが、オモニ達や先生達は、足りない食糧にも関わらず、熱いお汁まで用意しといて下さり、京都のウトロに住み着いてた期間、毎日されてたおそるべし「食べ食べ攻撃」が再現されました。そのあつあつほかほか、お汁の温もりは、一生忘れません。チョンマルコマッスミだ!
2.今朝は北海道よりまた山ほどの支援物資がきました。届いた物資は、丁寧に分配し、同胞の方々の家を一軒一軒訪ね、手渡ししてます。例えばお米の場合、一軒につき2キロずつ。スケールを使って、厳密に測り、透明なビニールに入れて届けます。北海道からは、北海道じゃなかったら買えない産物も満載で、例えば「北海道ラーメン」などの現地ラーメンとか、北海道たまねぎや、北海道ニンジンなど、野菜も大量ありました。
3.Sの実家のようなウトロや大阪から「今一番、困ってるのは何? できることがあれば、工夫してみる」と聞いてくださってるので、「ガソリン」と答えたら、色んな手を使って手配をしてみてくださるものの、「やはりガソリンはむずかしいな」ということになりましたが、いただいた支援物資を配給するために動くにもガソリンは欠かせないですね。Sの「緊急通行カード」があれば高速道路でも買えないこともないのですが、同胞の方を助けるために、走り回ってる貴重な時間と手間と何よりも、ガソリンがかかります。そこで、今日北海道からの支援物資の中、赤い金属の「ガソリン携帯缶」が届いたのをみたんですが、この携帯用ガソリンを大量送って頂く方法はありませんでしょうか。
4.ガスも要るんです。ポータブルガスコンロのガスボンベを大量に送って頂けたら非常に助かります(現在、ガス復旧のめどが付かないらしいです)。
5.本部の方も被害がひどいですね(涙)。一昨日、コマプレスは、校長先生が県庁へ要望書(実態調査のお願い)を出しに行ったとき付いて行ったので、昨日、本部の荷物を出しにいったとき行けなかったので、今日、記録として残しておくために、校舎の撮影に入りました。建物外壁のコンクリートの破片が落ちてきて、地面の上に、わずか散乱してました。車より降りた途端、近所の方が近付いてきて、「お宅達の建物、ブルーシートとか被せてくれない? 迷惑だから」と注文してきました。その後「よろしくお願いします」を何回も繰り返し、微妙な気持ちになりました。
6.7.略 8..今日は、大阪朝高ラグビー部OBの方が、単身で、大阪より東京まで新幹線で行き、東京から仙台までのバスを乗り、午後5時頃到着しました。リュックに支援物資をいっぱいいっぱい詰めて、大阪朝高の旗を持ってきてくださいました。「4月20日以降お仕事が始まるので、その前までは手伝うことが出来る。同胞のことが心配で心配で来ちゃいました」とおっしゃいました。その他、中央からの方、仙台駅の近辺がお住まいで、今回あまり被害を受けてない同胞の方々も支援品を山ほど持ってきてくださいました。



 


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内 容 ニックネーム/日時
下らない被害者意識を持ち出すな。
大体、日本を攻撃しろと教えたり竹島や尖閣で問題を起こして非難を浴びているのはお前達だろう。

在日は特権を全て返上してすぐ国に帰れ。
文句があるなら日本に座り続けるな。
在日はいらない
2011/03/23 04:58

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