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zoom RSS 紀元節復活から50年 労組はさらに無関心に…

<<   作成日時 : 2017/02/12 07:31   >>

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中野晃一さんは<トランプに握手「される」安倍、完全にサルの世界で言うマウンティングをされてますね>、金子勝さんは<タイム誌の見出しは「日本の首相がトランプのハートをとらえる方法を示した:それはごまをすること(Flattery)」。さらに日本のマスメディアはその安倍首相をごまをする、そして、海外メディアにバカにされる。いつものパターンです>とそれぞれTwitterに書かれた。しかし、ほとんどの日本メディアは「批判」の視点がない戦慄。せめて日刊ゲンダイのように、世界のメディアの見出しを列挙するだけでも意味があるのに…。

>タイム誌は「日本の首相はトランプの心をつかむ方法を教えてくれた。へつらうことだ」という見出しで、首脳会談を報道。安倍首相がトランプが大統領選に勝利するとすぐさま会見し、高価なゴルフクラブを進呈するなどして、いち早くトランプにすり寄った経緯を紹介し、その結果、今回の会談でトランプから手厚いもてなしを受け、日中で領有権が争われている尖閣諸島の防衛に米国も参加することを再確認させた、などと報じた。
 ニューヨーク・タイムズ紙は「安倍晋三を歓迎し、日本防衛へのコミットを再確認」、NBCは「トランプ 日米同盟を称賛、軍事的に難攻不落にすると確約」、ワシントン・ポスト紙は「トランプ 対中関係を緩和した後、同盟国の日本を抱きしめる」などと報じた。(日刊ゲンダイ 2/11)

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/199415

もちろんメディアだけでアベ暴走が高支持率を得ているわけではない。政・官・財・学・労・報を貫く独特の<ムラ利権体質>が、職場、地域、家庭へ浸潤し、いじめやヘイトも生起させている。SNSによって、議論したり考えたりするなどの重要な行為も激減している…。もちろん労働組合にも大きな責任はある。かつては運動は下から積み上げることが常識だった。しかし連合は「上意下達」「上下一体」を強制し、財政的にもがんじがらめに抑えこみ、改革意欲も失わさせた。労働組合からも「民主主義」が奪われていった。

米国はまだまだ「民主主義」があり、「人権」が最重要視されている。日本では考えられないこんな記事。

オスカーのプレパーティー中止、大統領令に抗議 米大手芸能事務所(AFP 2017年02月09日)
http://www.afpbb.com/articles/-/3117224
 トランプ大統領によるイスラム圏7か国からの入国を禁止する大統領令に抗議し、世界有数の芸能事務所が米アカデミー賞授賞式前の恒例のパーティーを中止することを明らかにした。
 米ハリウッドのユナイテッド・タレント・エージェンシー(UTA)はこれまで、同社のジム・バーカス会長が米ロサンゼルスに所有する豪邸で毎年、豪華なパーティーを開いていた。
 しかし今年は、26日に開催されるアカデミー賞授賞式の2日前に、ビバリーヒルズにある同社事務所で集会を開き、米国自由人権協会(ACLU)と米国を拠点とする難民支援団体「国際救援委員会(IRC)」に対して25万ドル(約2800万円)を寄付する予定だとした。
 米芸能情報紙ハリウッド・レポーターによると、UTAのジェレミー・ジマーCEOは、従業員に向けた社内メールの中で、「今こそ、われわれの寛容さや認識、不安に訴える時だ」、「われわれの世界は、アーティストやアイデア、創造的表現を自由に交換するのにこの上ない場所だ。もしこの国が、世界中から集まったアーティストたちにとって自由に表現できる場所であることをやめてしまったら、それは、われわれがアメリカであることをやめてしまうことだ」と述べたという。
 UTAは「米国の反移民感情に対してエンターテインメント界で高まる危機感を表明したかった」と述べている。米娯楽誌バラエティ(Variety)が伝えた。


昨日は、東京朝鮮中高級学校創立70周年を記念しての、日教組系諸団体による初めての日本人教師による公開授業と民族教育シンポジウムが行われ、自分は「記念公演」だけ参加。金剛山歌劇団に匹敵するほどの素晴らしい舞台に感動しつつ、オモニ達の努力にもつい泣いた。これだけ痛めつけられていても、いや虐げられているからこそ、この力強いアピールができることに、日本人として深く悩む。夜は平和フォーラム主催による「憲法と『建国記念の日』を考える2.11集会」に参加。開会・閉会の主催者発言にしか「紀元節反対」が出ないし、中国・韓国敵視のみに焦点があい、朝鮮学校の無償化排除も朝鮮敵視政策も出てこないことに違和感を感じた。

昨日は1967年に「国民の祝日」となってから、ちょうど50年目の2.11だった。総評会館の2階大会議室は満員だったが、深刻な危機感はまだまだ不足していた。講演したハンギョレ新聞支局長は、日本と韓国の集会の規模も雰囲気もまったく違うことを控えめに伝えていたが、その決定的な理由は解明されていない。アベ政権は11月3日を「文化の日」から「明治の日」に変えることで「明治節」の復活を策しているという。「天皇制」がどんどん復活していることに、警鐘をもっともっと鳴らさなければならない。きちんと主張している「赤旗」などを掲げて終わる。教組が弱体することと、学校現場の教育変質は連動していることにも声を上げなければならないのだが…。

「建国記念の日」50年 改憲と結ぶ歴史の偽造を問う(赤旗 2017.2.11)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2017-02-11/2017021101_05_1.html
 きょう11日は「建国記念の日」です。1967年にこの日が「国民の祝日」となってから、今年はちょうど50年となります。
◆閣僚らが「神武天皇」賛美
 2月11日は、もともと戦前の「紀元節」でした。「紀元節」は、明治政府が1873年、天皇の支配を権威づけるため、「日本書紀」に書かれた建国神話をもとに、架空の人物である「神武天皇」が橿原宮で即位した日としてつくりあげたもので、なんの科学的・歴史的な根拠もありません。
 しかも明治政府は、天皇が国を統治する全権限を握る専制政治体制を定めた大日本帝国憲法の発布(1889年)や、日露戦争開戦の新聞発表日(1904年)をこの日に合わせるなどして、国民を天皇崇拝と軍国主義に動員するために利用してきました。
 戦後、国民主権と思想・信教・学問の自由をさだめた現行憲法のもとで、「紀元節」は48年に廃止されました。自民党は「紀元節」復活を意図し、57年以降、祝日法改悪案を8回にわたり提出しましたが、そのたび国民の強い批判が巻き起こり、昭和天皇の末弟で、昨年死去した三笠宮崇仁(たかひと)氏が「歴史研究者として、架空の年代を国の権威をもって国民におしつけるような企てに対しあくまで反対する」(『文芸春秋』59年1月号)とのべる状況もありました。
 自民党の佐藤栄作内閣は66年6月、こうした広範な反対の声を押し切って、日付を決めないまま「建国記念の日」を制定する祝日法改悪案を強行し、同年12月に政令でその日を2月11日とすることを決めました。
 これが日本国憲法の思想・信教・学問の自由を踏みにじるものであることは明らかです。それは天皇元首化など憲法改悪の企てとも結びついた政治反動の重大な計画の一つでもあったのです。
 こうした「建国記念の日」制定の経過を改めてふり返るとき、最近、安倍晋三政権の閣僚や自民党議員が「神武天皇」を実在の人物であるかのように語る場面が増えていることは見過ごせません。
 稲田朋美防衛相は昨年、11月3日の「文化の日」を、明治天皇の誕生日を祝う「明治の日」に変えようという運動団体の集会で「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった」とあいさつしました。自民党の三原じゅん子参院議員も、昨年7月の参院選開票番組で「神武天皇の建国のその時からの歴史というもの、すべてを受け入れた憲法をつくりたい」とまでのべています。
 こうした発言の続出は、安倍政権自体が、侵略戦争を肯定・美化し、歴史を偽造する極右勢力によって構成され、支えられていることと不可分のものです。しかも、それが改憲とセットで語られていることは軽視できません。
◆思想・信教の自由守ろう
 自民党の「憲法改正草案」は、天皇を「日本国の元首」と明記するとともに、「公益及び公の秩序」の名で基本的人権を抑圧できる仕組みに変えようとしています。
 「建国記念の日」50年にあたって、日本共産党は、不承認の立場を改めて表明するとともに、安倍政権による歴史の偽造と改憲の企てを許さず、日本国憲法の国民主権の原則と思想・信教・学問の自由を守りぬく決意です。

(社説)明治150年 歴史に向きあう誠実さ(朝日新聞社説 2017年2月11日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12791709.html?ref=nmail_20170211mo
 来年は明治元年から数えて満150年にあたる。
 政府は記念の施策を行うことを決め、明治期に関する文書・写真の収集とデジタル化、活躍した若者や女性の発掘、ゆかりのある建築物の公開などにとり組むよう、各省庁に指示した。
 気になるのは、全体をつらぬく礼賛ムードだ。
 政府は「明治の精神に学び、更に飛躍する国へ」とうたう。「明治の精神」とは何か。列記されているのは機会の平等、チャレンジ精神、和魂洋才だ。
 たしかに江戸時代に比べ、人々の可能性は広がった。一方で富国強兵の国策の下、生命を失い人権を侵された内外の大勢の市民、破壊された自然、失われた文化があるのも事実だ。
 歴史の光の部分のみ見て、影から目を背けるのはごまかしであり、知的退廃に他ならない。
 復古色が批判を浴びた佐藤栄作内閣の明治100年記念の時でさえ、政府が行事などにのぞむ際の姿勢を記した文書には、「過去のあやまちについては謙虚に反省」の一文があった。
 だが今回、そうした言及は一切ない。「坂の上の雲」を追いかけ、近代化をなしとげた歩みだけが強調されている。
 関連で注意すべき動きもある。文化の日を「明治の日」に改称させようという運動だ。
 11月3日はもとは明治天皇の誕生日だ。文化の日などという「曖昧(あいまい)な祝日」はやめ、明治を追憶する日にしよう――。そう唱える人たちの集会に出席した稲田防衛相は、「神武天皇の偉業に立ち戻り、伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神。それを取り戻すべく頑張ろう」とあいさつした。
 文化の日は、憲法公布の日を記念し「自由と平和を愛し、文化をすすめる」として定められた。当時の国会の委員会会議録には、「戦争放棄を宣言した重大な日」と位置づけ、この日を文化の日とする意義を説く委員長の言葉が残されている。
 こうした経緯を踏まえず、神話の中の天皇を持ち出して「明治の栄光」を訴えるふるまいには、時代錯誤の一言で片づけられない危うさを感じる。
 昨年亡くなった三笠宮崇仁(たかひと)さまは、神武天皇即位の日とされた戦前の紀元節を復活させる動きを、学問的根拠がないと厳しく批判したことで知られる。
 歴史をひと色に塗り固め、科学や理屈を排し、美しい物語に酔った先にあるものは何か。
 曲折の末、旧紀元節の日に制定された51回目の建国記念の日を機に、歴史に誠実に向きあう大切さを改めて確認したい。


>米首脳会談で安倍首相は「罠」にハマった(東洋経済オンライン 2017/2/11)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170211-00158128-toyo-bus_all

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