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zoom RSS 最高裁判決から2年 拡がるアスベスト被害に運動を

<<   作成日時 : 2017/02/16 06:26   >>

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もっと詳しい記事や解説を探したが「石綿被害 国に賠償命令 札幌地裁判決 建設労働者訴訟 企業への請求棄却」(北海道新聞 2017/02/14)に関しては、ほとんど見当たらない。アスベスト被害は全国各地にあり、同種の裁判が行われているのに…だ。時事の記事をそのまま掲げたJILPTのメールニュースによれば、全国6地裁で争われた集団訴訟で最後の判決であり、33人が国とクボタなど建材メーカー41社に計9億6250万円の損害賠償を求めた。しかし判決は国の賠償責任を認め、計1億7600万円の支払いを命じたが、企業への請求は棄却した。判決理由で裁判長は、「国が進めてきた規制措置について著しく合理性を欠くと認められると指摘した」(道新)というが、メーカーの責任については、「原告らが建設現場で使用した建材のメーカーを特定できないとして請求を退けた」(時事)。

判決文を読まなければ理解できない理屈だし、この判断の基礎となる最高裁判断もおかしい。他の判決では東京、福岡、大阪、京都の4地裁が国の責任を認め、京都地裁はメーカーの責任も初めて認定。横浜地裁は国、メーカーの責任をいずれも否定している。今回も原告は控訴するが、もっともっと社会的に注目されるべきだ。札幌地裁の裁判長は「国は専門家の報告書が労働省に提出されるなどした79年までに、石綿関連疾患を認識できた」と指摘。「翌80年中に防じんマスクなどの防止策を講じなかったことは、作業員らの生命に関わり、許容される限度を超えている」と批判した、という(時事)。そして「疾患発症による損害を補填するため、何らかの制度を創設する必要があるが、立法府や行政府の政策判断を待つしかない」と指摘した(同)。

>建設石綿、国に賠償命令 メーカーの責任否定/札幌地裁(JILPT=時事 2017.2.14)
http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/hanrei/20170215.html

このアスベスト問題でも、連合をはじめ労働組合の対応が不十分ではないのか。2005年のクボタショックから12年、多くの職場で被害が摘発され、被災者が苦しんでいるのに…。そして不十分な対応の結果、二次被害、三次被害と拡大している。北海道では報じられたが、JR北海道は昨年11/30、老朽化した列車車両の部品にアスベストが含まれることを把握せずに解体し、計218個の部品を回収業者に売却する不適切な処理を行っていたと発表した。

>JRは「石綿飛散の可能性は極めて低く、健康被害は報告されていない」としている。北海道労働局は、石綿を含む部品の使用などを禁じた労働安全衛生法に抵触する疑いがあるとみて調べている。
 JRによると、石綿が含まれていたのは2008〜16年に苗穂工場(札幌市)や旭川運転所(旭川市)など4カ所で解体された特急列車用の「183系」5両と、普通列車用の「キハ40形」8両の台車部品。
 部品同士の接触を和らげるよう、車体を支えるバネ内部に取り付けられた「案内子」などで、耐熱性のために石綿が使われていた。いずれも樹脂に混ぜられており、解体中に飛散した可能性は低いという。(道新)


東日本大震災のがれき処理でも膨大なアスベスト被災があったはずだ。しかし発症はずっと先になる。阪神大震災のがれき回収などの作業中にアスベストを吸って悪性腹膜中皮腫を発症したとして、地方公務員災害補償基金県支部に公務災害認定を求めている明石市の男性職員(2013年10月に49歳で死亡)の遺族を支援する市職員労働組合などによる「公務災害認定闘争を支える会」が設立されたのは2015年3月だった。

>男性は12年6月、中皮腫の診断を受け、8月に認定請求したが、14年3月に公務災害を認めない決定を受けた。遺族は5月に「公務以外でのアスベスト吸引は考えられない」として、同支部審査会に審査請求している。
 設立総会には市職員ら約80人が参加。遺族に対する支援や公務災害認定に取り組む団体との交流を進めるとともに、アスベストによる被災のない労働環境づくりを進めるために全国の事例を調査研究することなどを盛り込んだ会則案を承認した。(毎日 2015.3.18)


クボタショックの最高裁判決確定は、2年前の明日2015年2月17日だった。「クボタ」旧神崎工場(兵庫県尼崎市)
の周辺住民2人が死亡したのは、工場から飛散したアスベスト(石綿)が原因だとして、遺族らが同社と国に約7900万円の損害賠償を求めた訴訟で、住民1人について同社の責任を認め、同社に約3200万円の支払いを命じた二審判決が確定した。

>訴えていたのは、肺を包む胸膜にできるがんの「中皮腫」で死亡した男性(当時80)と女性(当時85)の遺族計4人。
 2014年3月の二審・大阪高裁は、工場が操業した1954年から75年まで石綿が敷地外まで飛散していたと認定。工場から300メートル以内で1年以上生活して中皮腫を発症したのは、飛散した石綿が原因だとした。
 そのうえで、男性は75年までの約20年間、工場から約200メートルの機械工場で働いており、中皮腫は石綿の飛散が原因だと認めた。一方、女性は工場から1キロ余り離れた自宅で生活していたため、工場の石綿が死亡の原因とは認めなかった。
 遺族らは、「石綿の飛散を適切に規制しなかった」として国の賠償責任も求めていたが、一、二審とも国の責任を否定。最高裁もこの判断を支持した。
 決定を受け、クボタは「最高裁の判断を重く受け止めます。男性とご家族の皆さまには心よりおわび申し上げ、今後は速やかに対応をさせていただきます」とのコメントを出した。(朝日新聞 2015.2.18)


翌日の朝日は、<クボタ石綿禍訴訟 遺族ら「被害の過小評価」>との見出しをつけ、「知らせを聞いた原告は声を震わせて憤り、被害者支援団体も厳しく指摘した」と報じた。

>旧神崎工場周辺の住民被害は2005年6月に発覚。クボタは旧工場から原則1キロ圏内の住民ら271人(昨年9月末時点)に2500万〜4600万円の救済金を支払ってきたが、石綿飛散と疾病発症との因果関係は認めていない。
 石綿疾患で母を亡くした保井祥子さん(63)=尼崎市=らは、クボタと国の責任を明確にするため神戸地裁に提訴。しかし、旧工場から1キロ以上離れた所に住んでいたことなどを理由に、一、二審ともクボタ、国の賠償責任を認めず、祥子さんは「本当にショック。これで終わってしまうのかと思うと、悔しい」と話す。
 祥子さんは「母が石綿が原因で死んだことは間違いない。なのに裁判所は国にも企業にも責任がないという。なぜ、私たち遺族がこんなに苦しまなければならないのか…」と声を詰まらせた。
 旧工場から約200メートルの職場で働いていた山内孝次郎さん=死亡当時(80)=の長男、康民さん(67)=宝塚市=は、クボタの賠償責任だけ認められた。
 康民さんは「クボタは旧工場から1・5キロ圏内の住民にも救済金を払っているのに、そのクボタや国の責任を認めない高裁判決は実態とかけ離れている。その判決が確定するのは腹立たしい」と憤った。
 二審大阪高裁判決は「旧工場から300メートル以内の地域に発症リスクが高い」と判断しており、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の古川和子会長は「この判決内容が確定するのは不本意。旧工場からかなり広い範囲で被害者が出ている。これまでのクボタと被害者の交渉を後退させる決定であり、許せない」と訴えた。(朝日新聞 2015.2.19)


戦争被害を除けば人類史上最悪の災害のひとつにもかかわらず、今なおアスベストには関心が薄い。多くの関係者の努力に感謝しつつ、今日は、長文を学習し、あらためて対応を喚起したい。

>終わらないアスベスト被害 今後迎える高度成長期のビル解体にどう対応(THE PAGE 2016.09.23 )
https://thepage.jp/detail/20160923-00000008-wordleaf?pattern=1&utm_expid=90592221-74.LdrGpjcWS4Czgnu3l9N7Eg.1&utm_referrer=https%3A%2F%2Fthepage.jp%2F

石綿被害認定、1万人超 労災以外の住民ら 今後拡大の見方(朝日新聞 2015年2月22日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11614855.html?ref=nmail_20150222mo&ref=pcviewpage
 アスベスト(石綿)の被害者や遺族に療養費などを支給する環境省の救済制度で、石綿を使う工場周辺の住民や労災未認定者らを対象にする救済認定者が今年に入り累計1万人を超えた。認定業務を行う独立行政法人環境再生保全機構がまとめた。体内の潜伏期間が数十年に及ぶ石綿被害はさらに拡大すると専門家はみている。
 2005年6月、機械メーカー「クボタ」の旧工場(兵庫県尼崎市)周辺で多数の住民被害が発覚し、「クボタ・ショック」と呼ばれた。この問題を機に06年3月制定された石綿健康被害救済法により、従来の法律で補償された工場労働者ら労災認定者とは別に、新たな被害が掘り起こされた。
 環境省による救済の対象者は、どこで石綿を吸ったか石綿との関連が不明だったり、石綿関連の職歴があっても十分証明できなかったりした人たち。06〜14年に1万3912件の救済申請があり、石綿特有のがん「中皮腫(ちゅうひしゅ)」を発症した8539人、肺がん1303人など計9968人を認定した。首都圏、愛知県、大阪府、兵庫県、福岡県など産業が集積する都市部での被害が目立つ。関係者によると、今年1月に1万人を突破し、確定値は3月に公表される。
 12年度までの認定者を対象にした機構のアンケートによると、45%は石綿関連の職歴がなかった。多くは工場外に飛散した石綿を吸った可能性がある周辺住民とみられ、石綿を吹き付けた建物で働いた人もいる。残る55%は職歴があると回答。資料がそろわず労災認定から漏れた人が少なからずいるとみられる。
 これまで石綿被害が認定されたのは、環境省の認定者に厚生労働省所管の労災認定者らを加え、少なくとも2万人超に上る。
 石綿は06年に製造・使用が原則全面禁止となったが、潜伏期間の長さから今後も発症者が相次ぐとみられる。中皮腫の死者は00年から40年間で10万人に上るという村山武彦・元早稲田大教授(現東京工業大教授)らのグループの試算(02年)もある。
■時間差で発症、救済漏れ課題 石綿被害
 アスベスト(石綿)被害はどこまで広がるのか。2006年に製造・使用が原則全面禁止されたものの、吸引から発症までの潜伏期間の長さゆえに、発症者が後を絶たない。漏れの無い救済が求められる。
 中皮腫の潜伏期間は20〜50年、石綿に起因する肺がんは15〜40年とされ、いずれも石綿の吸引後、長期間にわたり体内にひそむ。
 耐熱性や保温性が高い石綿は1970〜90年代に建材などに広く用いられてきたが、95年から統計調査している中皮腫の死者は時間差を置いて急増している=グラフ。環境省は2022年ごろまで毎年1千〜1500人規模で推移すると予測。肺がんの死者の全容は不明だが、中皮腫の1〜2倍といわれる。
 問題は、石綿の吸引により発症・死亡しても因果関係が把握されず、相当の人が救済されていないことだ。患者団体や医師、研究者らでつくる石綿対策全国連絡会議は、公的救済・補償から漏れた人は中皮腫で死者全体の4割弱、死者数を中皮腫の2倍と想定した肺がんでは8割強に上るとみている。
 古谷杉郎事務局長は「石綿特有の病気を知らなければ原因がわからず、申請までたどり着けない。救済漏れを防ぐには徹底した制度の周知が必要だ」と話す。

アスベスト禍の衝撃 史上最悪の産業災害 命に突き刺さる棘、震災復興でも深刻な被害が(現代の理論 神戸新聞編集委員 加藤正文)
http://gendainoriron.jp/vol.03/rostrum/ro03.php
 原発事故とアスベスト(石綿)禍には被害の構図が共通している。過去に地震や津波が繰り返し発生した地に原発を起き、研究者が再三、その危険性を警告していたにもかかわらず、虚構の「安全神話」の中で稼働を続けた。一方、石綿も戦前から有害だと分かっていながらも、その有用性、経済性から「管理して使えば安全」と国は十分な規制を行わず、約1千万トンを消費した。使用禁止は北欧に遅れること20年、ヨーロッパ諸国に遅れること10年以上たった実に2006年だ。
 原発事故は「史上最大・最悪の公害」(宮本憲一・大阪市立大名誉教授)であり、石綿禍もまた「史上最大の産業災害」(同)である。筆者は2005年6月末、兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場内外で深刻な被害が発覚した、いわゆる「クボタショック」以降、各地で取材を重ねてきた。その成果を『死の棘・アスベスト』(中央公論新社、2014年)として刊行した。石綿はその使用状況の広がりを反映して、被害状況も多様だ。本稿では、@石綿産業の原点としての大阪・泉南Aアジア最悪の被害を出した兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場B今後、深刻な被害が懸念される震災アスベスト−の3点で被害と不作為の構図を描いていく。
■ 国賠勝訴
 「勝訴」「最高裁、国を断罪」。原告側の弁護士の旗が出ると、最高裁前に詰めかけた被害者らから拍手がわいた。2014年10月9日、石綿を吸って肺がんや中皮腫などを患った大阪・泉南地域の元工場労働者らによる国家賠償請求訴訟で、最高裁は国の賠償責任を初めて認める判決を言い渡した。
 「労働環境を整備し、生命、身体に対する危害を防止するために、国は技術の進歩や医学知識に合うように適時適切に規制権限を行使すべきだ」。この「適時適切」という理念を盛り込んだ判決が確定するまでに、どれほどの苦難があったことだろう。病気に斃れた無数の声なき声が、100年もの長い時を超えて重い扉をこじあけたのだ。
 関西空港の対岸、大阪府泉南市、阪南市を中心とする泉南地区は、日本の石綿紡織産業の原点の地だ。中小零細の工場が集積し、戦前は軍需産業、戦後は自動車や船舶、機械などの基幹産業を支えた。最盛期には約200社が稼働し、約2千人が就労したという。戦前から石綿紡織工場の全国一の集積地として発展した。
 主な製品は、石綿を主原料に綿花などを混紡した糸、そして、この糸を布状やひも状に加工したものだ。耐熱性、絶縁性にすぐれ、各種パッキング、蒸気機関車などの防熱ふとん、自動車の摩擦材などに幅広く使われた。「小はランプの芯から、大は重化学工業の発熱部を覆う断熱材として欠かせなかった」(柚岡一禎・泉南地域の石綿被害と市民の会代表)。あちこちに工場が点在し、「街全体が石綿工場のようだった」といわれるが、今の街並みからは想像もつかない。高度成長期をピークに生産は次第に先細り、産地は消えた。長年、数多く労働者や住民が石綿による肺の病気で苦しんできたが、2006年、石綿対策の不備について国の責任を問う集団訴訟が提起されるまで知る人は少なかった。「国は石綿の危険性を知っていた、対策を取ることもできた、でも、やらなかった」。長い間、隠されてきた被害が表に出た瞬間だった。
 戦前の調査がある。国は1937(昭和12)年、泉南地区の被害をつかんでいた。旧内務省保険院の調査で、労働者の石綿肺罹患率が12・3%に上ることが判明した。担当医師らの「有害工業に属し法規的取り締まりを要する」との警告が残る。だが、国はこれに対して不十分な症例調査にすぎないとの立場をとった。その後も罹患率は10%を下回らず、労働基準監督署が調査を重ねた。しかし、「被害は深刻ではなかった」という見解を譲らなかった。 クボタのような大企業と違い、泉南はほとんどが零細企業で対策も不十分だ。「だからこそ国に被害拡大を防ぐ責任があった」。石綿問題に詳しい立命館大の森裕之教授(公共政策論)は国の不作為を指摘する。
 訴訟は2陣あり、1陣の地裁、高裁、2陣の地裁、高裁。そして今回の最高裁、過去5回の判決が投げ掛けるのは、一体、何のために労働関係の法規はあるのか、という根本的な命題だ。いくつもの曲折があったが、最高裁判決は、人間の命と健康を守るため、という基本原則を明確に示した。
 不断の努力で最新の知見に合わせて健康被害を予防する。被害が発生しているのならば、根絶まで対策を取る。これは法律や規則以前の行政の当然の責務だが、縦割りの官僚機構の中でその意識はかなり薄れている。あえてこの原則を厳しく指摘したところにこの判決の最大の意義がある。
■ 複合型ストック災害
<中略>かつては「奇跡の素材」と喧伝され、有害な「悪魔の素材」にもかかわらず、大量に使われた。日本は1千万dを消費した。1970年代にWHO(世界保健機関)やILO(国際労働機関)が発がん性を指摘したのに、日本が使用禁止にしたのは前述のとおり2006年。建物など社会のあちこちに蓄積(ストック)された石綿。髪の毛の5千分の1の微細な繊維は吸引すると長い潜伏期間をへて中皮腫や石綿肺などの病気を引き起こす。「生産・流通・消費・廃棄の経済活動の全局面で複合的に影響を与えるストック災害」(宮本・大阪市大名誉教授)とされる。近代化の初期に大量使用され、経済成長が一段落するころに「死の棘」の本性をみせる。これが複合型ストック災害の恐怖だ。
 日本で中皮腫による死者は2006年から毎年千人を超え、10年は1209人、11年1258人、12年は1400人、13年は1410人と増加。兵庫、大阪、東京、神奈川で多い。石綿を扱う工場などで働いたことがないのに病気になった人の数は中皮腫と肺がんで8千人を超え、その半数が亡くなっている。
 一方、労働災害として認定される人の数は毎年千人を超えている。高度成長期に起きた四大公害事件よりも被害者が多くなるのは間違いない。規制の決定的に遅れを踏まえると、被害のピークは2030年と予測される。
■ クボタショック
 アスベスト問題が労災を超えた公害であることを明確に示したのは、2005年6月に起きた「クボタショック」である。ショックたるゆえんは、工場の元従業員のみならず周辺住民の間で中皮腫が多発していることが発覚したからだ。中皮腫は石綿に起因する極めて予後の悪い特異性疾患だ。それが工場の周辺に広がっていた。発症状況を地図に落とすと、この特異な病気が工場の半径4キロにわたって広がっている状況が浮き彫りになる。
 2014年9月末時点で周辺住民と元従業員の死者は435人となり、アジア最悪の被害となっている。住民の被害者は263人で、元従業員(172人)を上回る。「俺、何か悪いことしたか」「1億円もらったってこんな病気、嫌」「クボタによる陰湿な殺人」「健康な体を返してほしい」―。不条理に命を奪われた患者たちの言葉はあまりに重い。
 クボタの社長は道義的責任から謝罪し、原則半径1キロの発症については救済金を支払ってきたが、肝心の因果関係についてはいまだに認めようとしない。「お見舞い金の延長」(首脳)という見解にとどまる。
■ 震災アスベストの脅威
 重機がうなりをあげて建物を壊していく。むき出しの鉄筋、破砕された建材、積み上がる膨大ながれき、舞い上がる粉じん…。東日本大震災の被災地で続いた光景は、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災の状況と重なる。当時、全国から駆けつけた労働者たちは、復旧復興のためにひたすら解体作業に打ち込んだ。すぐそばではごく当たり前の日常生活が営まれていた。あたりを舞う粉じんに潜む「死の棘」の存在を、気に留めることはほとんどなかった。<中略>
■相継ぐ発症
 時がたち、阪神・淡路大震災の生々しい記憶が遠ざかる中で、石綿関連疾患の発症が相次いでいる。2008年3月、震災時の解体作業で石綿を吸ったため、がんの一種、中皮腫になったと訴えた兵庫県内の30代の男性を、姫路労働基準監督署が労災認定した。震災時作業による労災認定は初のケースだった。石綿の被害は潜伏期間が十数年〜40年とされる。「震災による石綿疾患はいずれ爆発的に発生する」と、かねて懸念されてきただけに、いよいよ来たのか、という覚悟を迫る発症の報告だった。
 2009年5月、芦屋市の男性=当時(80)=が労災認定された。中皮腫と診断されたのは2007年。元建設会社の営業マンで、震災後の95年10〜11月、人手が足りず、解体作業で現場監督を務めた。重機の巨大なハサミが建物をつかむと、左右に10メートルほど粉じんが広がった。労災を申請すると、労働基準監督署は建設会社に勤務していた77〜98年の約22年間に石綿に触れたと判断した。しかし、渾大防さんは「営業マン時代、建設現場に出ることはほとんどなかった。石綿を吸い込んだのは、震災時の現場監督時代しか思い当たらない」と話す。13年暮れ、男性は死去した。
 2012年8月には、宝塚市内の男性(11年に65歳で死去)も労災認定された。この男性は衣料品販売をしていたが、震災で仕事ができなくなり、1995年2月、作業服に着替えてアルバイトとして工務店で勤務した。民家からずり落ちた瓦を集め、屋根にブルーシートをかけた。マンションの改修工事にも立ち会った。マンションの室内では職人が壁や天井をはがしたり、電動のこぎりで建材を加工したりしたため、相当量の粉塵が部屋にたちこめた。妻(67)は今、夫のかぶっていた野球帽にほこりがたくさんついていたことを思い出す。工務店のアルバイトはわずか2カ月。この間に石綿を吸い込んだ。16年後に中皮腫を発症し、2011年10月に死去した。妻は悲しみを口にした。「がれきの中のアスベスト(石綿)のことなんて考えもしなかった。お父さんは悔しかったと思う。同じ哀しみを東北の被災地で決して繰り返さないでほしい」
 同じ月、兵庫県内に住む別の70歳代男性も神戸東労働基準監督署から労災認定されたことも判明。3年近く瓦礫処理作業に携わったという。労災認定などで表面化する被害だけで5人。その背後で、解体、瓦礫収集、運搬、処理などの復旧・復興に関わった数多くの労働者が次々と石綿禍に倒れている。これが阪神・淡路大震災の被災地の現実なのだ。
■ 異常事態の中で
 死者6434人、家屋全壊約10万棟、半壊約14万棟。現場は異常事態であり、緊急事態だった。
「最悪の労働環境だった」。解体や瓦礫処理に携わった労働者たちの証言だ。神戸市兵庫区で工務店を経営する男性(81)は振り返った。「マスクどころか、タオルもまかずに仕事した。石綿が危ないなんて考える余裕はなかった」「防護シートを張らずに解体した。飛散を防ぐために水をまこうにも、水道管が壊れて水は出なかった」
 発生約1カ月後から一斉解体が始まった。無数の業者が被災地に集まり、神戸だけでも100件、兵庫県内で200〜300件の解体が同時に進行したという。住民への情報開示、飛散対策が積み残されたまま、混乱の中、大量解体が進んだ。一体、どれだけの粉じんが街中を舞ったのだろう。当時、がれきの街を取材で回りながら、のどがいつもいがらっぽく、目が痛かった記憶が残る。
 都市では高度成長期以降、郊外型の開発に力が注がれ、インナーシティーと呼ばれる中心部の再開発は遅れてきた。ニュータウン開発に力を入れた神戸では、とりわけインナーシティー問題は課題となっていた。そこには石綿を含む老朽建築物が数多く取り残されており、災害対策としても石綿に十分注意が払われてこなかった。震災時の兵庫県地域防災計画には環境保全の記述はなく、10年後の復興10年委員会の「総括検証・提言報告」にもアスベストの文字は一カ所もない。
 「これは単なるアスベスト対策の欠陥ではなく、日本の都市政策、災害対策、復興政策の欠陥と関連している」(宮本、森永、石原編『終わりなきアスベスト災害』岩波書店、2011)。この指摘が重くのしかかる。
 しかし、自治体の対応は鈍いといわざるを得ない。東日本大震災の起きる1年前の10年5〜8月に掛けて立命館大は全国の自治体に地域防災計画に震災時アスベスト対策を盛り込んでいるかどうかを調査した。結果、72・5%が「現在、盛り込んでおらず、特に盛り込む予定はない」と回答。そのうち、環境省が07年に策定した災害時の石綿飛散防止マニュアルについても、「認識していない」「確認していない」としたのは5割超。
 これが日本の石綿対策の実情である。そこに東日本大震災が起きたのだ。
■ 繰り返される過ち
 東北の被災地に点在する瓦礫の集積場で遊ぶ子どもたち。倒壊した建物の前で、マスクをつけずに普通に歩く中高生…。「目に見えないアスベストが飛散しているから、できるだけマスクを」。そんな思いが募る。阪神・淡路大震災の被災地であまりに無防備だったからだ。
 津波に根こそぎ奪われた東北の町は、当初は声を失う惨状だったが、その後、がれきの様子が気になった。宮城県石巻市。2012年秋に県立石巻商業高校(約580人)の隣に広がるがれきの集積場には驚いた。高い囲いが巡らされ、白い袋詰めされた膨大ながれきが積み上がっている。搬入された後、生徒から「喉が痛い」「目がかゆい」などの声が寄せられたため取られた措置だった。
 がれきは、撤去、運搬、仮置き、処分の全過程で粉じんが発生する。倒壊家屋や破損した船舶には、ふきつけられたり、練り込まれたりした石綿がたくさん含まれている。当初、環境省の担当者は「津波で塩水にぬれ、石綿の飛散が抑制されている」としたが、乾燥が進み、破砕や運搬作業が進む中で、当然、飛散する。
 がれきの総量は東日本2300万d、阪神・淡路2千万dだ。東日本大震災に特徴的なのは、沿岸には製紙業をはじめ、さまざまな工場があることだ。長期間、排水を流したことで、海底にはさまざまな物質が蓄積している。「津波は、海底に沈殿していたものを一気に陸に揚げた。産業廃棄物を含むヘドロは普通の泥ではない」と石巻赤十字病院の矢(や)内(ない)勝・呼吸器内科部長が警告する。発生2カ月後に訪れた際、海底にたい積したヘドロが津波で打ち上げられていた。臨海部にそびえる日本製紙石巻工場の周りを歩いていると、雨が降り出した。それまで白っぽかった泥が、雨にぬれると、どす黒く変色した。石綿、砒素、鉛…。危険物質は数多くある。
 東日本で阪神・淡路とは決定的に異なる点がある。犠牲者の9割が建物倒壊による「圧死」が阪神・淡路なのに対し、東日本では死因の9割が津波による「溺死」だ。これはそのまま石綿被害にもあてはまる。破損した建物が津波で流され、そして有害なヘドロが沿岸部に拡散している状況を踏まえると、粉じんの飛散に伴う健康被害は、阪神・淡路大震災よりもはるかに広域になる危険性がある。
 環境省は東北の被災地で11次にわたってモニタリング調査を行った。結果、1713地点のうち99・6%で問題がなかったという結果だった。「おおむね問題なし」と環境省の大気課長(当時)はいう。ここでも20年前の阪神・淡路大震災の当時と似ている。
 しかし、「調査はきわめて不十分」と森裕之・立命館大教授(公共政策)は言う。被災地ではがれきの量を減らすために成形板を破砕しているケースがあるといい、「破砕物は風向きで測定値が大きく異なる。被災のエリアは400`にわたる広大な地域だ。もっと丁寧な測定が要る」と話す。
■ 課題を示す窓
 大震災の発生でどれだけの石綿が飛散したのか、完全な把握は難しい。とはいえ、できることはある。まず、アスベストを含んでいた建物の倒壊した地区を中心に、当時の住民や解体・撤去にかかわった労働者らを登録し、健康診断を継続しなければならない。土木工事に他府県から多くの労働者が神戸・阪神間にやってきた。これはボランティアも同じだ。アスベストに暴露したというリスクを本人に周知させ、健康診断を受けなければならない。
 もう一つ必要なのは、私たちの住む街にいったいどれぐらいの石綿が蓄積しているのか。神戸市は固定資産税台帳によって建物の建築年次を調べ、アスベストの飛散可能性のあるものをチェックしている。これは公表していないが、地図に落とし込んでいるので、アスベストマップとしても活用できる。
 「大震災の発生時、ふだんは見えない社会の課題を示す窓が開く。その窓はごく短い期間に閉じてしまう」。阪神・淡路大震災のちょうど1年前の1994年1月17日、米カリフォルニア州ロサンゼルス市ノースリッジで起きた大震災の報告書にはこんなフレーズがある。窓が開いているうちに、根本的な対策がとれるか。神戸で生かせなかった阪神・淡路の教訓を、東日本で生かさなければならない。これは石綿問題にとどまらず、私たちの社会の未来にかかわる問題である。



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