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zoom RSS 労働基準法は70年間、労働者を守ってきただろうか

<<   作成日時 : 2017/04/18 06:13   >>

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新宿に行く度に入ろうと思っても常に混んでて入れない店が東口駅ビルの「ベルク」だ。無理をすれば入れるのだろうが、混んでいるのが苦手で嫌いなものでつい敬遠…(苦笑)。とにかく食事と接客の良心さには定評がある。そしてベルクの店長・IさんのTwitterにも敬服している。以前も「労働情報」誌に最賃アップについて素晴らしい原稿をいただいたが、とにかく最賃集会で発言し、さらにはRJに原稿を寄せてくれる経営者など滅多にいない。4/15のエキタス1500円最賃デモについても、店内で宣伝し紹介した後に、こう書かれている。

>今、ベルクのバイトの時給は950円〜千円。もし全員1500円〜にしたら、と考えてみる。人件費が毎月百万増えることになる。正直、店は回らなくなる。利益を百万増やすって大変なことだが、何とかならないかとは思う。よく価格を上げればと言われるが、それって商売人としては最終手段なんだよね。特に低価格の店って、10円の値上げも命とりになる場合がある。気にならない人には大丈夫と励まされるが、気になる=価格に敏感な人も実は多い(何しろ薄利多売、客数の多さと客層の幅広さで成り立っているので)。何かしら誠意が伝わらないと、値上げはマイナスイメージにしかならない。慎重になる。今、ベルクの家賃は月300万強。ルミネが200万に値下げしてくれたら即解決なのだが笑。せめて売上歩合制でなく固定にしてもらえれば。固定だと売上が伸びればその分利益も増えるから希望が持てるが、歩合制は売上が伸びると家賃も上がるのがツライ。勿論、ビルに交渉する手はあるが(ダメ元で)。もし(法的な)最低賃金が1500円に上がれば、勿論それでも安易な値上げをしたら信用を落とすが、たえずサービス向上に努め、店の努力が伝われば、最低賃金も上がったことだし多少の値上げはやむを得まいとお客様も理解して下さるかも知れない。そういう意味でも、最低賃金のアップはうちも助かる。ベルクのプライアンエプスタイン、押野見先生によく釘をさされた。商売は信用で成り立つ。安易な値上げは信用を落とす。値上げするなら、お客様の納得のいく形で。食材費がいっせいに値上げした時も、ニュースになってから何ヶ月かは(情報が浸透するまで)待てと言われた。そこまで慎重になるのかと。https://twitter.com/Bergzatsuyoten

「労働情報」誌で連載していた「ユニオニスト列伝」を、月刊化に伴い「アクティビスト参上」に装いを変える。ネタが切れたわけではなく、Iさんのような方にも登場してもらいたいからだ。そして労働組合という運動のすそ野をもっと広げなければ、働く者は生きられない時代になりつつある。そして表紙をカラーにし、誌面でクローズアップされた方に登場してもらう。4月号は全港湾の花形・ガントリークレーンのオペレーターで素晴らしかった。

もちろん「労働者は労働組合がなければ労働者たりえない」との持論を曲げる気持ちはは無い。しかし、昨今の労働組合運動に接していると、その度量と幅の狭さに慄然とし、深く自省し落ち込む。労基法2条に「労働条件労使対等決定原則」が書いてあるが、解説書等には、それが空論である根拠はぼかされている。敗戦後、GHQは、日本の民主化には職場に労働組合をつくることが最も重要だと考え、憲法より先に「労組法」を施行した。9割近い職場に労働組合ができるはずで、どうしても労働組合ができない職場のために労基法を制定したことが。憲法への労働基本権明記と併せ、この国の「労働法」における「不思議」となっている。なお、「労基法コメンタール」には、労働条件労使対等決定原則は、労働組合が無ければ実現できない「精神条項」だと書いてあるのは言うまでも無い。

東京新聞が労基法70年ということで力の入った社説を掲げた。個人的には「労基法上の労働者」よりも、「労組法上の労働者」に拘ってきたが、時代は「労働契約法上の労働者」が前面に登場している。しかし、ここまで労働法に守られない労働者ばかりである現実に悩みつつ、コメントなしで終わる。

社説 週のはじめに考える 「残業社会」を変えたい(東京新聞 2017年4月16日)
;http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017041602000156.html
 「労働憲法」といわれる労働基準法が今月、公布から七十年を迎えました。同法の生い立ちを振り返り日本の長時間労働問題を考えてみたいと思います。
 「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」
 一九四七年四月に公布された労働基準法(労基法)第一条は、こううたっています。当時の最低労働条件の国際水準を取り入れ、男女の別なく全産業を対象とし労働時間を一日八時間、一週四十八時間と定めた画期的な法律でした。
◆民主主義の根底培う
 第二次世界大戦が終わると、米軍の占領下で一連の民主化が始まります。四六年には新憲法が公布され、第二五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定します。この条文が、冒頭に引用した労基法一条に反映されます。加えて憲法二七条は、賃金、就業時間、休息などの労働条件の基準は法律で定めるとしました。
 公布から一年後に出版された「労働基準法解説」で、当時の労働省労働基準局課長の寺本廣作氏は次のように記しています。
 <民主主義を支えるものは究極において国民一人一人の教養である。国民の大多数を占める労働者に余暇を保障し、必要な物質生活の基礎を保障することは、その教養を高めるための前提要件である。労働基準法は労働者に最低限度の文化生活を営むために必要な労働条件を保障することによってこうした要件を充たし、我が国における民主主義の根底を培わんとするところにその政治的な制定理由を持つ>
 しかし、労基法には大きな欠陥がありました。三六条です。労働組合またはそれにかわる過半数代表と時間外労働に関する労使協定を結べば、無制限に長時間労働をさせることが可能になるというものでした。
◆生まれながらザル法
 森岡孝二関西大名誉教授は「労基法は生まれながらにしてザル法だった」と指摘します。そして、欧州諸国にはないこの規定が、今日、世界で最悪レベルにある日本の長時間労働の根源にあります。
 森岡氏が総務省の「社会生活基本調査」と経済協力開発機構(OECD)の統計から分析したところ、日本の男性正社員の総労働時間は年二千七百六十時間(二〇一一年)で、ドイツ、フランスより実に六百時間超多いのです。六百時間といえば、一日八時間労働として七十五日分、多く働いている計算です。
 日本は本当に先進国と言えるのでしょうか。しかも、この水準は一九五〇年代半ばから変わっていないそうです。
 労基法は八七年、大きな転換点を迎えます。一週四十時間制の導入です。政府は「働き方を他の先進国並みに変える歴史的なもの」としていましたがこれも労働時間の短縮に結び付きません。平日の残業が増えただけだったのです。
 それどころか同時に、労使で定めたみなし労働時間を超えても残業代が払われない「裁量労働制」や「事業場外みなし労働制」が法律上、導入されます。両制度は実際に何時間働いたかを問わないためサービス残業を生みやすく、過重労働を招くと批判されています。
 八〇年代後半から過労死が社会問題化してきます。全国各地に「過労死を考える家族の会」が結成され、海外のメディアでも日本語がそのまま「karoshi」として紹介されるようになりました。過労死・過労自殺者数は近年、年間二百人前後で推移しています。国際社会においても、恥ずかしい限りです。
 「日本の働き方を変える歴史的な一歩である」
 安倍晋三首相は先月末、働き方改革実行計画を取りまとめた会議の席上、こう胸をはりました。
 これまで“青天井”だった残業時間に、罰則付きの上限を設け法定化する。長時間労働の是正に向け大きく前進すると期待していましたが、政労使の合意には失望しました。
 残業の上限を年間七百二十時間(休日労働を含まず)の枠内で、「一カ月百時間未満」「二〜六カ月平均八十時間以内」としたのです。これはまさに、過労死の労災認定基準です。過労死するようなレベルの長時間労働に、政府がお墨付きを与えるようなものです。
◆生活・仕事の両立疑問
 法定の労働時間が週三十五時間のフランスでは、残業の上限を年間二百二十時間と定めています。日本の三分の一以下なのです。
 政府は、当初「欧州並み」に労働時間を抑え、育児や介護など家庭生活と仕事の両立を容易にするという目標を掲げていました。
 速やかに残業の上限引き下げに向けた次の議論を始めることを、政府に求めます。


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