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zoom RSS あらためて「憲法を考える」取り組みが必要…労組も…

<<   作成日時 : 2017/05/04 13:18   >>

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昨日の晴海公園での憲法集会、昨年も感じたが子どもと一緒の参加が実に少ない。東京大空襲の写真展を継続した理由の一つに、高齢の体験者が子どもに「空襲の怖ろしさ」を伝える場の必要性だった。写真と一緒に、墨田や江東の消失地図を展示しておくと、子どもたちに頑張って説明する高齢者が引きも切らなかった。また、NHKスペシャルの映像を流すと、食い入るように見つめ続ける方々が多数いた。子どもたちに「憲法」の尊さを伝え、参加してもらうには集会だけではなく、平和写真展などの「伝える」「一緒に考える」企画があってもいいかもしれない。もっとも昨日のように風が強い日や雨天の場合の配慮も必要だ。急きょ決定した「安倍政権と米国による軍事恫喝・戦争への道ではなく、朝鮮半島に平和を、そのためには対話を、日朝国交正常化を」を趣旨とした横断幕を掲げる行動も、強風のため掲げられず、地面に置いて見てもらうことになった。和田春樹さんやI女性会議のメンバーと一緒に掲げたが、事務局が安部と書いてしまい、混雑もあり途中で撤収…。

晴海の展示場で何が開催されていたのかは不知だが、駅に降り立つ若者はほとんどがそちらに向かい、高齢者は憲法集会に参加していく光景を、どう変えればいいのだろうか。労働組合と憲法を一緒にするわけにはいかないが、あって当たり前のように考え、不断に考えていく努力を怠っていたのではないか。そんなことを憲法記念日にしか考えないことにも深く反省しつつ、考える材料を模索していきたい。もっとも、社説を読んでも残念ながらあまり学ぶべきものがなかった。逆に各紙コラムに鋭い切り口を何故か感じてしまう。これも悩みの種だ(苦笑)。

[大弦小弦]30年前の憲法記念日、言論の自由という名のドミノのピースが倒れた…(沖縄タイムス 2017年5月1日)
 30年前の憲法記念日、言論の自由という名のドミノのピースが倒れた。朝日新聞阪神支局が銃撃され、記者2人が死傷した
▼ドミノ倒しはその後も続いているような気配がある。カタカタカタ。銃声はしないし、あの事件に比べれば一つ一つのピースは小さい。音が聞こえにくいのかもしれない
▼最近は権力の直接介入が目立つ。警察は高江ヘリパッド建設問題を取材していた記者2人を問答無用で拘束した。自民党国会議員は党本部の会合で「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番だ」と言った。朝日の次にスポンサーを撃ち、「反日朝日に金をだして反日活動をした」と責めた「赤報隊」の発想とそっくりだ
▼事件当時の記者たちはきっと怖かっただろうと想像する。それでも「萎縮しない」と踏ん張った。市民はテロに共感しないことで見えない防波堤を築いた
▼その防波堤にひびが入っているのか。権力が不都合な言論をつぶそうとし、ネット世論が後押しする。「馬鹿な沖縄県民は黙ってろ。我々は粛々と辺野古移設を進める」「朝日新聞の連中はもう一回、赤報隊に襲われてしまえ」。少し前には、匿名に隠れて岐阜県の職員が扇動していた
▼テロを許す社会では全ての言論が標的になる。立場を超え、ドミノ倒しを食い止める言葉の力が試されている。(阿部岳)

<金口木舌>暮らしを守るたが(琉球新報 2017年5月3日)
 しまくとぅばの「かにはんでぃゆん」は「ぼける」や「もうろくする」のほかに「性格がルーズになる」という意味もある。おかしな態度をからかう時にもよく使う
▼ちなみに「かに」は矩尺(かねじゃく)のこと。そのほかにも「生活・社会上の枠や規範、常識」という語意も含んでいる。常識を踏み外すような振る舞いも「かにはんでぃゆん」と言ってよさそうだ
▼やまとぅぐちで言えば「たがが外れる」や「たがが緩む」だろうか。「たが」とは桶(おけ)の周りにはめる竹や金属製の輪のこと。実物は暮らしからは遠のいたが、日常会話の中では頻繁に登場する
▼例えば安倍政権だ。まさにたがが緩んだか、外れている。閣僚らの相次ぐ暴言に失言。今村雅弘復興相も更迭と相成った。1強体制のおごりというだけでは済むまい。新聞やテレビのニュースは「緩」の1字を添えて内閣の失態を伝える
▼それでも沖縄に対しては「暴」や「圧」の姿勢を貫くつもりらしい。辺野古の護岸工事がそうだ。常軌を逸しているという意味で安倍政権はもはや「かにはんでぃゆん」の体
▼たがを漢字で書けば「箍」。文字の成り立ちは「手で物を固く巻き付ける竹」となる。これ以上暴走しないよう私たちの手で政権を縛る必要がある。道具は竹ではなく憲法だ。きょうで施行70年を迎えた日本国憲法。暮らしを守るたがとしたい。

[大弦小弦]中学の社会科の授業で、憲法の条文を繰り返し読み上げ・・・(沖縄タイムス 2017年5月3日)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/95975
 中学の社会科の授業で、憲法の条文を繰り返し読み上げ、暗記したことを思い出す。試験に出る、という動機もあったが、覚えることで理解につながったと思う
▼アイドルグループAKB48の元メンバーだった内山奈月さんが、憲法条文暗唱の「特技」で以前注目を集めた。そんな内山さんと九州大学教授の南野森さんが3年前に共著で出版した『憲法主義』(PHP研究所)を手にした。これがおもしろい
▼「自衛隊は合憲と思いますか(南野)」「『戦力』の意味によると思います(内山)」。アイドルの恋愛禁止は憲法違反か−。講義を受けるような対談形式で憲法を考える。法律との違いなど条文だけからは分からない解説が豊富でひきこまれる
▼あらためて気づかされたのが憲法の意味だ。南野さんは「憲法は国家権力を制約することによって国民の権利を守ろうという目的でつくられたもの」と説明する
▼では、国民は憲法を守らなくていいのかと問う。内山さんは「守らなくていいんですか」と驚く。憲法を守らなければいけないのは国家権力で、国民は法律を守る。国家権力は強大なため、憲法はそれを縛るための存在なのだと
▼改正に向けた議論が動いている。さまざまな意見があっていい。大事なのはその議論にどう向き合うかだ。憲法は施行から70年を迎える。(赤嶺由紀子)

余録  憲法を指して「不磨の大典」というのは…(毎日新聞 2017年5月3日) 
https://mainichi.jp/articles/20170503/ddm/001/070/161000c?fm=mnm
 憲法を指して「不磨(ふま)の大典(たいてん)」というのは明治憲法発布の勅語にあった言葉という。不磨とは摩滅しないことで、大典ともども随分と大げさな言葉だが、欽定(きんてい)憲法だった旧憲法は不滅・不朽とされていたのだった▲だが改憲がタブー視されたこの憲法にも改正規定はあり、形式上は現行憲法もその産物である。その日本国憲法は改憲を党是とする自民党が統治する時代に、何と一項の改変もないまま旧憲法の57年を大きく超える施行70年を迎えた▲「憲法を不磨の大典と考える国民は少数になり、いよいよ機が熟してきた」。こう語る安倍晋三首相の言葉とともに迎えた憲法記念日である。だが現憲法が改正されなかったのは何かのタブーのせいではなく、国民の意識的な選択の結果だと反論があって当然だろう▲ちなみに不磨の大典たることを目指した明治憲法は時代の変化に対応できるようはなから簡素に作られていた。実は他国の憲法に比べて条文の簡素なことは日本国憲法の特徴でもあるという(「『憲法改正』の比較政治学」弘文堂)▲1990年代の選挙改革など他国なら改憲を要する改革も法改正で行われた。簡素な憲法の適応力である。つまりは制度の改憲は不要だったこと、象徴天皇制や平和・人権条項への主権者たる国民の支持が生んだ改憲なき70年だった▲改憲項目も、その必要性も具体的論議はこれからという今の改憲論だ。もし目指されているのが改憲のための改憲ならば現憲法の「不磨」の70年を軽んじすぎていないか。

筆洗(東京新聞 2017年5月3日)
 八歳の男の子が、お母さんに尋ねる。「人はどうしているの?」。「人は一人では生きていけないから助け合うためにいるの」。すると、男の子は言い返す。「でも、戦争をして殺し合っているよ」。お母さんは、答えることができない▼どう答えたらいいのだろう?何かいい本はないか? 岩手県宮古市に住む本堂裕美子(ほんどうゆみこ)さん(64)は、娘さんからそんな相談を受けた▼そうして答え代わりに書いたのが、詩「八歳の質問」。憲法施行七十年の節目に出版された『日本国憲法の理念を語り継ぐ詩歌集』(コールサック社)に収められている▼人はなぜ存在するか。それはとびきりの難問だ。だが、<きみたちの祖母である私の答えは明快だ>と本堂さんは書く。<私はきみたちに会うためにここにいる…/きみは/私達に愛されるために生まれてきた…>▼本堂さんの亡父は志願して戦地に行き、シベリア抑留を経て生還したが、その体験を生涯決して語ろうとしなかったという。「戦争というのは国家のものなのに、語れないほど重いものを個人に負わせてしまうのでしょう」▼本堂さんの詩の行間には、そんな父の無言もにじんでいるのだろう。<私は/きみの未来を思い描く/きみのために何ができるのかを考える/「人はなぜいるの?」/そう問うた/八歳のきみに/自由と平和を手渡す事ができるようにと/深く/祈る>

(社説)憲法70年 先人刻んだ立憲を次代へ(朝日新聞 2017年5月3日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12920934.html?ref=editorial_backnumber
 時代劇で江戸の長屋に住む八っつぁん熊さんが万歳三唱をしたら、脚本家は落第である。
 あれは日本古来の振る舞いではないと、NHK大河ドラマなどの時代考証を手がける大森洋平さんが著書で書いている。1889年、明治憲法の発布を祝うために大学教授らが作り出した。ちゃぶ台も洗濯板も、明治になって登場した。
 動作や品物だけではない。
 西欧の思想や文化に出会った当時の知識人は、その内容を人々に伝えようと苦心し、新しく単語をつくったり、旧来の言葉に意味を加えたりした。いまでは、それらなくして世の中は成り立たないと言ってもいい。
 ■消えた「個人」
 個人、もその賜物(たまもの)の一つだ。
 「すべて国民は、個人として尊重される」。日本国憲法第13条は、そう定めている。
 根底に流れるのは、憲法は一人ひとりの人権を守るために国家権力を縛るものである、という近代立憲主義の考えだ。
 英文では〈as individuals(個人として)〉となっている。翻訳家の柴田元幸さんはここに、固有の権利を持つ人間というニュアンスを感じたという。もし〈as humans(人間として)〉だったら「単に動物ではないと言っているだけに聞こえます」。
 ひとり、一身ノ身持、独一個人(どくいつこじん)と〈individual〉の訳語に試行錯誤した福沢諭吉らがこの話を聞いたら、ひざを打ったに違いない。『文明論之概略』で福沢は、日本の歴史には「独一個人の気象」がないと嘆いた。
 個人の尊厳をふまえ、幸福を追い求める権利をうたいあげた13条の文言には、洋の東西を超えた先人たちの思いと労苦が息づいている。
 ところが自民党は、5年前に公表した憲法改正草案で「個人」を「人」にしてしまった。
 安倍首相は昨年、言い換えに「さしたる意味はない」と国会で答弁した。しかし草案作りに携わった礒崎陽輔参院議員は、自身のホームページで、13条は「個人主義を助長してきた嫌いがある」と書いている。
 ■和の精神と同調圧力
 「個人という異様な思想」「個人という思想が家族観を破壊した」。首相を強く支持する一部の保守層から聞こえてくるのは、こんな声だ。
 一方で、草案の前文には「和を尊び」という一節が加えられた。「和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である」と草案のQ&Aは説明する。
 角突き合わさず、みんな仲良く。うまくことを進めるうえで「和」はたしかに役に立つ。
 しかし、何が歴史や文化、伝統に根ざした「我が国」らしさなのかは、万歳三唱やちゃぶ台の例を持ち出すまでもなく、それぞれの人の立場や時間の幅の取り方で変わる。
 国内に争乱の記録はいくらもあるし、かつて琉球王国として別の歴史を歩んだ沖縄は、ここで一顧だにされていない。
 一見もっともな価値を掲げ、それを都合よく解釈し、社会の多様な姿や動きを封じてしまう危うさは、道徳の教科書でパン屋が和菓子屋に変わった一件を思いおこせば十分だ。検定意見の根拠は「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」と定めた学習指導要領だった。
 ただでさえ同調圧力の強いこの社会で、和の精神は、するりと「強制と排除の論理」に入れ替わりうる。
 ■近代的憲法観の転覆
 「個人」を削り、「和」の尊重を書きこむ。そこに表れているのは、改憲草案に流れる憲法観――憲法は歴史や伝統などの国柄を織り込むべきもので、国家権力を縛るものという考えはもう古い――である。
 だから、人は生まれながらにして権利を持つという天賦人権説を西欧由来のものとして排除し、憲法を、国家と国民がともに守るべき共通ルールという位置づけに変えようとする。
 これは憲法観の転覆にほかならない。経験知を尊重する保守の立場とは相いれない、急進・破壊の考えと言っていい。
 明治憲法を起草した伊藤博文は、憲法を創設する精神について、第一に「君権(天皇の権限)を制限」し、第二に「臣民の権利を保護する」ことにあると力説した。むろん、その権利は一定の範囲内でしか認められないなどの限界はあった。
 だが、時代の制約の中に身を置きながら、立憲の何たるかを考えた伊藤の目に、今の政権担当者の憲法観はどう映るか。
 明治になって生まれたり意味が定着したりした言葉は、「個人」だけではない。「権利」も「自由」もそうだった。
 70年前の日本国憲法の施行で改めて命が吹き込まれたこれらの概念と、立憲主義の思想をより豊かなものにして、次の世代に受け渡す。いまを生きる私たちが背負う重大な使命である。


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