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zoom RSS ドイツに学ぼうとするが…日本とまったく違う 労組も!

<<   作成日時 : 2017/06/08 06:36   >>

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現役時代、最も仲の良かった旧友のひとりと過ごしたが、感覚のギャップにあらためて悩む。一言でいえば「危機意識」がまったく感じられない。未だ働き続け、多くの労組役員やOBと接し、自分とは異なりゴルフや麻雀等にも興じている。現役時代は、自分も同じ場に立ち、そのような方々と接していたが、労働運動の一側面であった。しかし旧友や現在の労組関係者には「運動」よりも、それが仕事であり、生活なのだ。旧友からは、多くの知人の消息を聞いたが、多くは「人事」の話題に終始した。現役時代は立場上必要(?)な情報だったが、今はほとんど不要で、醜悪ささえ感じる。しかし、現実は旧友の世界の方が一般的であり、自分の方が異端なのだ…苦笑。

長時間労働が「容認」される背景には、様々な要素がある。個が確立されず、集団に埋没してしまう流れの中で、個を重視するために必要なツール・システムとして労働組合があるが、その労働組合さえも、役員の上昇志向や利権にまみれてしまっていた。どこをどのように改革するべきか有効策を見出せないままリタイアしてしまったことに改めて悩む。例えば、ドイツでは…という情報を熊谷徹さんが6/4に連続Twitterしていた。

熊谷 徹 ドイツの長時間労働監視システム
●ドイツの監督官庁は、企業の労働時間を日本よりも厳しく点検する。労働時間の監視は、事業所監督局という役所が行う。事業所監督局は、時折抜き打ちで、企業の社員の労働時間の実態を検査する。
○その結果、企業が社員を組織的に毎日10時間以上働かせていることが判明した場合、事業所監督局は、企業に対して最高1万5000ユーロ(180万円・1ユーロ=120円換算)の罰金を科すことができる。
●ドイツでは、この罰金が実際に科されている。2015年5月にフランクフルトの事業所監督局は、同市の大学病院に対して、「故意に労働時間法に違反した」として、4600ユーロ(55万2000円)の罰金の支払いを命じた。
○同病院の組合関係者は、「この病院では、2013年頃から看護師たちが1日10時間以上働かされているし、法律で決められた休憩時間も取っていない。その原因は、看護師の数が少なすぎるからだ。これは職員だけでなく、患者にとっても危険な状態だ」と指摘した。
●違法な長時間労働の実態は、どのようにして明らかになったのだろうか。組合関係者は、病院側に対して労働条件の改善を求めたが、要求は受け入れられなかった。このため組合は2015年2月に、病院内の5つの部署で、看護師たちの勤務状況を独自に調査した
○その結果、看護師が1日に10時間を超えて勤務したケースが210回、法律で義務付けられた休憩時間を取らなかったケースが218回あったことがわかった。組合は、この調査結果を事業所監督局に送り付けたのだ。
●組合関係者は、「医師や他の部署での勤務状況まで調べたら、病院全体の1ヶ月の法律違反は、約1000件に達するはずだ」と主張している。日本同様に、ドイツでも病院では長時間労働が大きな問題となっている。
○医師の労働組合マールブルガー・ブントのヘッセン州支部は、2015年に、同州の3つの大学病院で260人の医療関係者に対して勤務状況についてのアンケートを行った。その結果、回答者の80%が「長時間労働のために、不眠や疲労感に悩まされている」と答えた。
●ドイツでは日本と比べると、労働組合が活発である。この国の労働組合は、経営側が誠実に対応しない場合、監督官庁や裁判所に駆け込むことも辞さない。フランクフルト大学病院の組合の内部告発は、そのことを浮き彫りにしている。


頭を抱え込む話題をまた綴ってしまった。駐日デンマーク大使館は2月24日のTwitterに<今日からプレミアムフライデーが始まりました。普段より早く仕事を終える方も多いと思います。デンマークでは、週37時間勤務が一般的です。月曜日から木曜日に1日8時間働くと、金曜日は5時間だけ働けばいいので、毎週金曜日は9時から働いて14時で退社するという人が多いです。最近では、週30時間勤務という企業も増えています。9時半から15時半までの1日6時間勤務で、結果的に生産性が上がったという事例が報道されています。別のIT企業も週30時間勤務に移行したところ、病欠したり退職する社員も減ったそうです。よい週末をお過ごし下さい!>と書き込んだ。

同様に3/29には<デンマークの民間企業では、4年から5年ごとに転職するのが平均的。年功序列ではないこと、失業しても手当や教育訓練が手厚いこと、斜陽産業から成長産業への労働力の移動が重要だと社会的に認識されていること、副業や本職以外の活動が活発で新しい仕事を見つけやすいことなどが背景にあります>とあった。日本とはまったく違うわけで、最後にこれを掲げて、さらに悩みたい。

ドイツ人は「沢山の余暇」をどう過ごすのか 10人に3人がスポーツクラブに入る意味とは(東洋経済オンライン 2017/;3/31)
http://toyokeizai.net/articles/-/164298
 2月末、日本で最初の「プレミアムフライデー」がやってきた。「自分にはまったく関係なかった」という人から、早く帰って満喫できたという人まで、反応はさまざま。この施策によって期待される効果の1つが、余暇時間の増加によって旅行や外食などの消費増につながるというものだ。個人が自由に使える「可処分時間」が増えることは、消費に限らずさまざまな方面へのインパクトが期待できるだろう。
◆ドイツでは、金曜日午後のオフィスは「空っぽ」
 一方、ドイツでは「プレミアム」などつけるまでもなく、金曜日の午後のオフィスは空っぽになるところがかなりある。もちろん、ドイツでもマネジャークラスが働きすぎであるとか、予定が過密になりすぎるなど、個人レベルの愚痴から、大きな課題までそれなりにある。それにしても、日本に比べて人々の可処分時間が多いと思う。
 日本で「過労死」や「労働生産性」といった労働問題が噴出した1990年代から、労働時間や労働環境の話となると、ドイツは引き合いにだされる国のひとつだった。とくに、職住近接、短時間労働、長期の有給休暇はよく知られている。
 ドイツの人々は、自由な時間をどのように活用しているのだろうか。人々のおしゃべりで「よくある話題」のひとつは、長期休暇の計画だ。そして、日常的な余暇時間の過ごし方を見ると、「テレビを見る」がトップに来るのだが、日本のNPOに相当する組織で活動する人も少なくない。
 代表的なものが、スポーツクラブだ。NPOに相当する組織が運営しており、ドイツ全国に9万施設程度ある。といっても、企業が運営しているトレーニングマシンが並ぶタイプの「クラブ」とはちょっと違う。19世紀からの歴史があることから、創立100年以上というクラブもざらだ。
 メンバーの数は、ドイツ全国で約2800万人。単純計算をすれば、10人のうち3人程度がこうしたスポーツクラブで日常的にスポーツを楽しんでいると言える。ちなみに、ドイツの学校には部活がなく、子どもや若者もクラブでスポーツをするのが一般的だ。
 クラブでは選手として頑張っている人もいるが、楽しみや健康が目的の人もかなり多い。さらには、定期的にトレーナーを務める、あるいは催しものの手伝いをするなど、ボランティア活動の場ともなる。そのため、小さな自治体だと、クラブがコミュニティの重要な拠点になっている。また競技によっては10代の若者と中高年が一緒に汗を流すようなこともあり、ここで仕事の名刺の肩書とは別の人間関係ができていることがよくわかる。
 こうしたNPOに相当する組織は、スポーツのみならず、文化、環境、政治、教育、社会福祉、趣味の集まりなど多岐に渡り、数も60万以上ある。人口10万人程度の自治体でも700以上あるようなところもある。読者諸氏が住まれている自治体内にどのぐらいNPOがあるのか考えてみると、その多さは理解できるだろう。
◆退職後、いきなり地域の活動に参加するのは難しい
 日本を見てみると、定年退職後に地元で社会的な活動をしたいと、NPOの参加を考える人も増えた。しかし長距離通勤・長時間労働で、現役時代に地元と関わる機会がほとんどなかった人にとっては、大きな挑戦だ。また、現役時代から仕事をしつつNPO活動をしようとすると、活動時間を捻出するのに、苦労している人も多いと思う。
 一方、可処分時間の多いドイツの場合は、現役時代から、地元の社会的な組織に出入りしやすい。「個人の楽しみ」「社会的意味のある仕事をしたい」など、動機はさまざまだが、基本的に自由意志・自主決定による参加だ。これは、日本の自治会のような、「住んでいるから入るのが義務」という強制力が伴った地縁組織とはまったく異質のものだ。
 仕事とは別の人間関係が増えると、地域社会に重層的な人間関係ができてくる。一見、これは日本の「絆」のようだが、もっとあっさりしている。「絆」は地縁・血縁がモデルになった親密度の高い関係が想定されているが、自由意志・自主決定に基づき幾重にもできた人間関係は「信頼の網目」と呼ぶくらいが丁度いい。
 信頼の網目は地方自治にとってとても重要だ。「自治」で大切なことは、自由な議論を保証することだが、同時に「議論の起こりやすさ」も大切だ。普段から「なんとなく顔見知り」という程度の軽い信頼関係ができていると、議論も始まりやすい。こういう地域は、安定性とダイナミズムが同居する「強い社会」を形づくっていると言っても良い。
 地域をどうつくっていくかというときに、近年の日本は「まちづくり」という言葉をとおして、草の根型デモクラシーでコミュニティをつくる方向性を獲得した側面がある(「ドイツには『まちづくり』という言葉などない」)。それに対してドイツにはそういう言葉が必要ない。なぜならば、信頼の網目が議論の起こりやすい空気をつくり出しており、それらがなだらかに地方政治とつながっているからだ。
 それを如実に示すのが、ドイツで選挙の際に作られる市議候補者のプロフィール付きのリストだろう。ここには、スポーツクラブをはじめ、候補者たちがどのNPOのメンバーであるか明記していることがある。ドイツの地方議員は、原則無報酬。彼ら自身も、自分の可処分時間をNPO活動や政治活動にあてているわけだ。良い意味で「市民活動家」と「政治家」の違いが判別しにくい。
◆「休みは自宅でゆっくりしたい」社会の改善が第一歩
 以上のことから、全体的な個人の可処分時間を増やすと、経済効果のみならず、社会そのものに安定性とダイナミズムが違和感なく備わってくる可能性があると言えよう。これは企業側から見ても、損にはならないはずだ。むしろ長期的に重要な経営戦略のひとつだろう。なぜなら社会は経営基盤であり、その疲弊は、経営の土台が脆弱になっていることを意味するからだ。「三方良し」のように、売り手・買い手のみならず、商売の基盤そのものにも目配りした伝統的な哲学を思い出すべきだろう。
 明治以来、富国を目指して走ってきた日本だが、結局、経済成長を軸に考えすぎた。成長し続けているときは、経営基盤としての社会も、地縁・血縁的な人間関係をベースにまだ安定していたが、バブル崩壊以降は労働環境も悪化し、伝統的な人間関係の疲弊も露呈。「まちづくり」「NPO」などをとおして、コミュニティに「信頼の網目」をつくっていく動きは出てきたが、時間がかかるものだ。
 ここで2月末のプレミアムフライデーに話を戻すと、「何をするか」という質問に対して、「自宅でゆっくりしたい」という人が意外に多く、「これでは消費につながらない」という意見も散見された。だが少し違う見方をすれば、これは社会がくたびれている証左のようにも見えた。くたびれていれば、安らぎや静寂が欲しくなるからだ。
 だが、休息をとって、元気になれば、可処分時間をより社会的に意味のあることに使おうとする人が増えるだろう。そうすると新しい形の消費もまた出てくる可能性がある。また、育児や介護といった社会全体で考えるべき課題の前提条件も変わってくる。人々の全体的な可処分時間は、社会そのものの強さや形を決める変数として、とても大きいはずだ。




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