シジフォス

アクセスカウンタ

zoom RSS この国の根底に拡がる凄まじいまでの「差別」

<<   作成日時 : 2018/08/08 05:22   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

日大アメフト、東医大入試、文科省、ボク連…いや森友・加計などを含めて怒りきれていない自分に悩む。半世紀前に社会人となった時、遭遇した世界は差別と不正・ウソの塊だった。いくら努力してもどこかではそれに「加担」せざるを得なかった自分がそこにいた。労働運動の世界だって指摘し始めたら切りがないのだから、他では日常茶飯事だった。20代前半のTV局や芸能界、週刊誌記者などでの仕事は、まさに汚辱にまみれていたし、1977年に地区労オルグとなった時だって、完璧に「オドコ社会」だった。いま不正やウソ・差別を告発する大きな声がSNSを含めて生まれ拡がっていることを嬉しく思いつつ、まだまだ不十分だと感じている。本来は政治屋の姿が登場すべきなのだが、巧妙に隠されている。不正が「疑獄」になかなか移行しない。もちろんアベ独裁の中で生起している事象であるからなのだろうが、全てが腐りきった中でも表面ばかりにしか目が向けられていないことに苛立つ。

とはいえ一つひとつ白日の下に晒していくしかない。かなりの汚辱と不正に対峙してきたが、未だにその根源は変わっていないし、巧妙に変化している。まだまだ学ぶことが多いのも事実だ。例えば、広島・長崎に投下された原爆で死者の2割が朝鮮人だったという。下記の東京新聞社説には「1割」と書いてあるが、広島で35,000、長崎で15,000なら2割ではないだろうか…。東京大空襲でも同様だが、その実相は明らかになっていない。全ての資料が消失してしまったし、日本政府は意図的に隠ぺい・改ざんし続けている。優れた反戦ドラマなどがあっても、朝鮮人・中国人の存在はなかなか登場してこない。この国の根底に拡がる差別と向き合わない限り、汚染された泥水は清らかになることはない…と思う。

被ばく者問題に加え、東京新聞の望月さんが<2009年以降、収容中に死亡した人は13人。うち自殺者は5人います。自殺未遂の経験がある女性は、面会取材でこうつぶやきました。「もう耐えられない。入管が、怖い。記者さん、どうか力になってください」>とリツイートした入管の実態はもっと拡げるべきだ。今が問われている。

【社説】原爆忌に考える 「韓国のヒロシマ」から(東京新聞 2018年8月6日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018080602000160.html
 広島、長崎、そして韓国の原爆資料館。被爆者の命の証しに触れる場所。伝えたい言葉はきっと同じです。「過ちを二度と繰り返してはなりません」−。
 慶尚南道陜川(ハプチョン)郡−。釜山(プサン)から北西へ車でおよそ二時間半。山間にたたずむ人口六万人ほどの小都市は「韓国のヒロシマ」とも呼ばれています。
 広島と長崎の被爆者の約一割が、朝鮮半島出身者。広島で三万五千人、長崎では一万五千人が、あの原爆の犠牲になりました。
 韓国人被爆者の六割が、陜川出身だったと言われています。現在韓国国内には、約二千五百人の被爆者が住んでおり、うち約六百人が陜川で暮らしています。
 日本の植民地支配下で、陜川から釜山、釜山から長崎や下関に至る陸路と海路が整備され、徴用や徴兵だけでなく、同郷のつてを頼って多くの人が、職を求めて家族とともに、長崎の造船所や広島の軍需工場などに渡ったからでもありました。
 その「韓国のヒロシマ」に昨年の八月六日、陜川原爆資料館=写真=が開設されたのです。
 日本円で二億数千万円の建設費には、主に韓国の宝くじ基金が充てられました。
 延べ床面積約五百三十平方メートルの二階建て。一九九六年に日本からの支援で建てられた被爆者の療養施設「原爆被害者福祉会館」の隣に並んでいます。
 一階が展示室。核関連の詳細な年表や被爆直後の惨状などの写真パネルが掲げられ、原爆の構造を示す模型や、被爆者が持ち帰った愛用品や証明書類が展示されています。♪核のない世界がほしい…と繰り返す子どもたちの合唱が、ビデオ画面から聞こえてくるのが印象的でした。
 二階には、被爆者が日本で愛読した本や、数次にわたる実態調査の分厚いファイルが並ぶ資料室。書物の中には「はだしのゲン」もありました。
 韓国原爆被害者協会陜川支部の聞き取り調査は続いています。というよりも、被爆一世の高齢化が進み、記憶が薄れていく中で、一層力を入れています。
 どういう経緯で日本に渡ったか、被爆当時は何をしていたか、いつ、どのようにして、陜川に帰ってきたか、帰国後障害は出ているか…。面談を重ねて書き取ったり、自ら書いてもらったり−。
 韓国の被爆一世、二世も今もなお、原爆の放射能が、自身の健康や子孫に及ぼす影響を恐れて生活しています。
◆人は過ちを繰り返す
 戦後、やっとの思いでふるさとへ帰りついたのに、周りから「自業自得」と非難を受けた人たちも、少なからずいたそうです。固く口を閉ざすのも、無理からぬことでしょう。
 日本で生まれ育った被爆者には「悲しいくらい日本語が上手」と言われても、ハングルが書けない人がいます。難しい調査です。
 それでも「原爆のあるところには、戦争が必ずつきまとう。事実を超える真実を伝え残しておかないと、人は過ちを繰り返す」という信念が、支部長の沈鎮泰(シムジンテ)さんらを支えています。
 沈さんは二歳の時、広島市内で被爆しました。原爆の記憶はほとんどありません。後遺障害も出ていません。
 しかし、記憶の底に刻まれた“ピカドン”への恐怖が消え去ることもありません。
 沈さんは資料館の建設に二千万円相当の私財を投じています。
 「“事実を超える真実”とは何ですか」と尋ねると、沈さんは「例えば、二十数万人が原爆の犠牲になったという数字は事実。真実とは被爆者一人一人の人生そのものだと思う−」と答えてくれました。
 私たち自身が想像力を働かせ、その中から、くみ上げるべきものなのでしょう。
 核兵器の恐ろしさ、戦争の愚かさ、悲しさなどを。
◆記録にとどめ何度でも
 真実を伝え残していかないと、人は過ちを繰り返す−。それは「国」も同じでしょうか。
 夏休み。重い宿題を出されたような気がしています。
 仮にも“エリート”と呼ばれるほどの人たちが、大切な公文書をいともあっさり改竄(かいざん)したり、隠蔽(いんぺい)したりできる国ならなおのこと。原爆や戦争の真実を掘り起こし、記録にとどめ、繰り返し、繰り返し、繰り返し、伝えていかねばならないと。

「ここは刑務所よりもひどい」 彼女たちは、なぜ希望を奪われたのか。入管収容者の叫び(BuzzFeed News Reporter, Japan 2018.5.11)
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/immi-moj?utm_term=.rk7aOY9nRd#.nlV7egRkrE
 「私たちを、助けてください」と、彼女は透明なアクリル板越しに言った。両手を合わせ、拝むようにして。その目には、涙を浮かべていた。
 品川駅からバスで10分ほど。レインボーブリッジをのぞむ場所にある、東京入国管理局。ここに、557人の外国人たちが収容されていることはあまり知られていない。
 収容者の多くは、オーバーステイなどによる「強制退去」の処分が下された外国人たちだ。
 「仮放免」などの手続きを取らない限り、外に出ることはできない。連絡手段は公衆電話と、1回30分間の面会のみ。ほとんどの自由は奪われ、なかには1年以上の「長期収容」を強いられている人たちも少なくない。
 BuzzFeed Newsは、その塀の中で暮らす女性たちに面会を申し込み、話を聞いた。
◆疑われた「偽装結婚」
 東京入管は、「パノプティコン」(一望監視施設)に近い形をしている。多くの外国人たちが出入りをするその建物の7階が、面会場所だ。収容施設には冷暖房が完備されているほか、屋外運動施設もあり、医師や看護師が常駐している、と入管側は強調する。
「はやく夫と一緒に暮らしたい。彼のそばにいたいんです……」
 涙をすすりながらそう語る韓国人のキムさん(30代、仮名)には、日本人の夫がいる。北関東で石工をしている男性で、知人の紹介で知り合った。
 もともと日本が好きで、20代のころから観光客としてなんども訪れていた。ある時を境に飲み屋で働くようになり、そのまま暮らして6年ほどになる。オーバーステイだった。
 勤務先のトラブルで、それが発覚。在留許可を求めたが「偽装結婚」を疑われ、まもなく収容されてしまった。もう1年以上が経つ。
「オーバーステイをしたことは反省しています。でも、人を殺したり、何かを盗んだりしたわけではないんです。刑務所だったら期間があるけれど、ここではいつ出られるのか、わからない。本当につらいです」
 8人部屋で、プライバシーはない。家族が塀の外にいる人も多く、みな常に精神状況は不安定だ。些細なことでぶつかり合うことも、少なくはない。
 弁護士を通じて2度目の「仮放免」の申請をしているが、費用はかさむ。本当に出られるのかという、不安も毎日にようにつきまとう。
「みんな不安で、いつもイライラしてしいる。それでも、いつか出られると、信じて待つしかないんです」
 1日に1度、運動場に出られる時間と、公衆電話を通じた「外」とのやりとり、そして何より、月に1度の夫との面会が心の支えだ。キムさんは涙を流しながら、こう言った。
「夫婦で、幸せに、ふつうに暮らしたい。はやく、自由になりたい」
◆そこは、まるで刑務所だった
 面会には、厳しいルールがある。面会場所に行くためには金属探知機をくぐる必要があり、携帯電話などを持ち込むことは禁じられている。アクリル板に阻まれ、お互いを触れることは、もちろんできない。
 収容の可否を決めているのは、入国管理局だ。裁判などの手続きを経る必要はない。
入管難民法に基づいた「収容令書」で、最長60日間収容できることになっている。しかし、その後の審査次第では、いわゆる「強制送還」まで無期限に収容できる。
 半年を超えると、「長期収容」と言われるようになる。なかには収容所を「はしご」する人だっているほどだ。こうした実態を人道的観点から批判する声は少なくはない。
 韓国人のイさん(50代、仮名)は言う。
「もともとは収容所(ママ)があることも、知りませんでした。オーバーステイという悪いことをしたから、1度の収容で『綺麗になる』と思っていた。刑務所と同じように」
 イさんには、キムさんと同様、日本人の夫がいる。北関東の工場で働く男性だ。
 来日以来、飲食業を転々としていた。仕事先で偶然知り合い、そのまま付き合ったという。結婚を機に、オーバーステイを入管に申し出たが、やはり疑われたのは「偽装」だった。
「本当の結婚をしているからこそ、旦那を捨てて帰るなんてできない」
 茨城県の牛久にある東日本入管に収容されたのちに「仮放免」されていたが、その後再び、東京入管に収容されてしまった。合わせて2年以上。申請などに伴う費用は、夫がファーストフード店でアルバイトをして捻出しているという。
「また入れられるとは、夢にも思っていなかったです。なんで同じ罪で……」
 朝に起きてから食事をとり、点呼を受け、運動をしたりして過ごす。昼と夜ご飯は弁当だ。夜眠るまで、毎日がルーティン。気晴らしといえば、週に数度、コンビニで売っているものを注文できる機会くらい。
「6人部屋で、人間関係も難しい。同じパターンの繰り返しで、頭がおかしくなりそう」
◆悩んだ末の自殺未遂
 2018年7月末現在で、全国の収容施設には1444人が収容されている。最も多いのは東京入管の537人。名古屋(208人)や横浜(133人)が続く。
 イさんのように「仮放免」や、結婚などを理由にした「在留特別許可」を求めることもできるが、なかなか判断は下されない。
 いつ強制送還されるかというストレスと、長期収容そのものに耐えきれず、自殺をはかってしまう人も後を立たない。中国人のヤンさん(40代、仮名)も、そのひとりだ。
「外にいた時は、よく寝てよく食べて、とても健康だったのに。ここに入ってから、ずっと苦しいんです」
 もともとは中国の貿易会社に勤めていたヤンさんは、仕事の関係で日本に来た。しかし勤務先との関係がうまくいかず、飲食業に転身。そのまま十数年、オーバーステイになっていた。
 「日本で死ぬまで暮らそう」と決めてきたといい、建築業を営む日本人の男性と結婚した。3年間の同棲を経た文字通りの「恋愛結婚」だが、ほかの2人同様、偽装を疑われている。
 イさんと同じように、一度は牛久に収容され、その後再収容された。すでに計2年半以上。処分の取り消しを求める裁判を起こしているが、施設の職員には「99.9%負けるよ」と言われる。
 「中国にはもう何もない。日本には念願の家族がある。だから、日本国籍を取ろうとも考えていたんです。私には、0.1%に賭けるしかないんです」
 2度目の収容後には適応障害と診断され、外部の病院に入院していた。自殺未遂は、施設に戻って来た矢先の出来事だった。自らの首を、トイレの個室ドアにタオルでくくり付け、思い切り締めたのだ。
「あまりにも苦しくて……。ここから逃げ出したい、その一心でした」
 気を失っているところ、タイ人の女性たち2人に見つけられ、ことなきを得たという。そんなヤンさんは、声を震わせながら、力なくつぶやいた。
「24時間、軟禁されているような気持ちです。いつ出られるのか、いつ強制送還されるのかわからず、毎日が不安でもう耐えられない。入管が、怖い。記者さん、どうか力になってください」
◆入管の状況は「過去最悪」
<写真>外国人問題を専門とし、長年支援している指宿弁護士
「入管はそもそも一時的な収容を想定した施設です。本来であれば仮放免すれば良いのに、長期にわたって収容することで、諦めさせて、帰国に追い込もうとしている」
 そう語るのは、彼女たちを支援する指宿昭一弁護士だ。いまの入管が置かれている状況は、「過去最悪」だという。
「2010年には最大規模のハンストが行われて、6ヶ月を大幅に超える長期収容は一時やめられましたが、その後は再開しています。いまでは1〜2年を超える収容は当たり前になっています」
 難民申請をしている人、日本に家族がいる人、そもそも送還に耐えられない病気を抱えていたりする人――。そんな、帰るに帰れない人たちを、長期収容によって苦しめている、と指宿弁護士は指摘する。
「自由を奪われ、心を病む人がほとんどです。死亡者や自殺者、未遂者も少なくありません。その後もハンストは相次いでいるのに、変化はありません」
 法務省入国管理局によると、2009年以降に収容中に死亡した人は13人。うち自殺者は5人いる。
「結婚の実体があるのに『偽装』だと言い張り、収容を続けるケースもある。収容されている人たちだけではなく、その夫や妻、さらには子どもたちをも不安に追いやっているんです」
◆外国人をめぐる政府の「本音と建前」
 取材に応じた女性たちが語る通り、刑務所ならば、ほとんどの場合は「刑期」がある。
 しかし入管では、自分がいつ出られるのか、もしくはいつ強制送還されるのか、わからない日々を送らざるを得ない。すべては入管に委ねられているからだ。
「重大犯罪をしたわけでもない、単純なオーバーステイで長期な収容を強いられている人が多すぎる。厳しすぎる、というよりも制度が正しく運用されていないのではないでしょうか」
 指宿弁護士は、収容者の置かれている立場をこう表現する。「刑務所よりもひどい」と。
当の入管は、長期収容の実態をどう捉えているのだろうか。警備課の担当者が、BuzzFeed Newsの取材に答えた。
「さまざまな原因があると思うが、なかでも退去強制令書が出されているなかで、日本で働きたい、住みたいという意図から送還を頑なに拒否している方がいることが原因と考えています」
「自らの意思で帰っていただくとすれば明日にでも身柄の拘束は当然とかれ、自由になることができる。本省として速やかに送還をすることによって、収容を終わらせるべきと判断しています」
 一方で、病死や自殺などの「事故」については、こう答えた。
「入所者の方の心情把握をしっかりしたり、医療体制の強化をして、事故が起こらなように努めてまいりたい」
 政府は6月、外国人労働者の受け入れを拡大する方針を打ち出した。人口が減少して労働力不足が叫ばれる中、産業界の要請に応じたかたちだ。
 入管をめぐる現状からは、そんな政府の「本音」と「建前」がはっきりと見える。指宿弁護士は、言葉に力を込めた。
「『労働力』はほしいけれども、『生きた人間』はほしくない。人間を受け入れる以上、新たな負担が生まれるけれども、それを覚悟できず、こちらの用が済めば帰って欲しい。そんな認識が、日本の入管制度の根本にあるのではないでしょうか」

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
この国の根底に拡がる凄まじいまでの「差別」 シジフォス/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる