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zoom RSS 久方ぶりの出勤で憂鬱な方へ 辞めちゃえ!

<<   作成日時 : 2016/05/09 06:24   >>

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頭に入れておきたいこと、学習すべきことは多々あるが、GW明けで出勤される方に一言。無理に嫌な仕事を続け、メンタルに陥ることだけはあって欲しくない。もちろん立場(?)としては、働きやすい職場に変えるために仲間と話し、労働組合をつくって(入って)みることを勧めるが、それがうまくいくかは保障できない。周到な戦略・戦術が必要で、ぜひ専門家の助言をえてほしい。もちろん独りで声をあげることもできる。とにかく、不条理を我慢し耐える必要は無い。えり好みしなければ求人はいくらでもある。(まったく無責任だが)新しい仕事、新しい職場に希望があるかもしれない。別な地域や環境には、新たな出会いがある。狭い息苦しさから解放され、爽やかな五月の新緑の風を吸い込むことも楽しいはずだ。

このQW期間中も働き続けた仲間がたくさんいた。被災地で耐え続けた方々もいる。世界に目をむければ、闘っている労働者の目は輝いている。周りに目をむけてほしい。ひとりで無理に堪え忍ぶ必要はない。生活…? なんとかなるさ。善意をもった人々はたくさんいるものだ。自分もやってみたかったことは多々あった。残念ながら一つとして実現できたものはないが、わがままいっぱいに活動はでき、ストレスだけはたまらなかった。

自分は60歳で雇用関係を止めた。地協での労働相談業務を打診されたが、区切りとして辞めるが労働委員をもう一期2年やらせて欲しいと申し出て、了解された。母の介護をひとつの理由にしたが、定年を迎える前に急逝し、再考も促されたが、予定通り誕生月末に辞めた。当時の再雇用賃金は労働委員の歳費と変わりなく、生活も何とかなりそうだったし、なによりも束縛のない「自由」が欲しかった。ガンになるというアクシデントはあったが、今でも正しい選択だったと思っている。60歳まで休み無く働き続ければ限界も訪れる。これ以上、無理をする必要はない…ということだ。

同じ世代の活動家としてJPの不条理を告発し続け、闘ってきた「酔流亭日乗」さんが、やはり職場を去った。その思いが、あらためて「伝送便」にも掲載され、ブログでもアップされている。爽やかな退職の言葉であり、一読をお勧めしたい。

職場を去る 〜『伝送便』5月号掲載文 (ブログ酔流亭日乗 2016.5.5)
http://suyiryutei.exblog.jp/25726900/
  『伝送便』誌5月号に寄稿した文章を転写します。このブログで3月27日〜30日に書いたことを繋げたような内容ですが。
 なお、かつての職場であった東京中央郵便局での労組の分会仲間のことが文中に出てきます。そんな一人だったIさんが今月1日に亡くなり、昨日はそのお通夜に行ってきました。歳月を感じます。
 ことし三月いっぱいで職場から離れた。去年六〇歳の定年を通過して「継続再雇用」の身になり、秋になって来年も契約するか訊かれたとき「否」と答えた。賃金収入を断つことには不安があったけれども、人生の残り時間を思うと、そういう選択になったのである。三月二五日が在職中最後の深夜勤であった。
◆最後の深夜勤
 午後七時就業なので四時半過ぎに家を出た。千葉県我孫子市の我が家から都内江東区の我が職場(新東京郵便局)まで約二時間をみなければならない。五年前の震災以来さらに早めに家を出る習慣がついてしまった。三月十一日のあの日から後も、今度の熊本ほどではないにしても、しばらくはかなり大きな余震が何度か来て、通勤途上に電車が停まることがしばしばだったからだ。
 電車に乗ると、真ん前が<優先席>(シルバーシート)だったので、こんなこと初めてだがそこに座ってみた。
 この年齢ではまだ<優先席>に座ることに躊躇いがある。年とったと思いたくないし年寄りと周りに見られたくもない。でも、これから一晩不眠で働くことになる六一歳なら多少は「優先」されてもいいのではないかと、この日に限ってはそう思った。もちろん自分より高齢の人とか立っているのが辛そうな人が乗ってきたら譲るつもりである。しかし平日夕刻の上り電車は終点駅まで空いていて、そういう局面は来なかった。
 職場では夜勤(午後九時半まで)でTさんがいたから二時間ちょっと一緒に働く。Tさんは以前の職場であった東京中央郵便局でも同僚だった。本誌読者である彼は、そこでの最後の数年間、当時の全逓労組の分会長を務めた。私は同じ分会の教宣担当。やはり本誌読者のY書記長とともに、この時期の分会活動は四〇年余の我が郵便屋人生において最も愉しい経験である。三〇年近く前になる。人員削減提示に抗議して分会単独のワッペン着用闘争なんかやった。
 私より三つ上のTさんはもう一年働くという。また七〇代に達したYさんは今も労働相談に平和運動にあちこち駆け回っている。
 年度末最後の金曜、業務は錯綜した。信書などの通常郵便物の量はそうでもない。大手企業が出すカタログなど特別割引郵便物、あるいは郵便法では郵便ではなく<荷物>に分類される<ゆうメール>とか<ゆうパケット>など郵便より物流というべきものが多い。ケースに詰められた一般郵便物は、そのケースごと機械にかけて区分処理していくのだが、<物流>の多くはパレット等に直積みされてくる。
 その置き場が無いのだ。開局して四半世紀たつ我が職場は、こうした郵便から物流へという業務内容の変化に適応できなくなっているのだろう。錯綜する業務では労働災害も多い。そのあたりについては本誌今年二月号記事(『物流新時代とは何か』)に触れた。
 二六日、朝六時に勤務は終了した。
◆新宿の山城博治さん
 翌二七日は日曜で、私の勤務は休みである。この日は新宿に行った。辺野古基地建設に反対するデモがあったからだ。午後二時、アルタ前に着くと、もう人が一杯だ(デモ参加者は約五〇〇人)。この日は辺野古現地から山城博治さんが駆けつけた。山城さん(沖縄平和運動センター議長)は辺野古の座り込みを先頭に立って引っ張ってきた。そのアピールが熱い。左手にマイクを持ち、右手には初め帽子を握りしめていたのが途中から放り投げ、拳を振るって演説する。「現在の工事中止は沖縄の座り込みやカヌー隊の命がけの闘い、そして全国の仲間たちの闘いの結果であり、勝利の展望は見えています!」
 去年七月に沖縄に行ったとき、山城さんは悪性リンパ腫で入院しており、現地で姿を見ることはできなかった。そのときお世話になった比嘉宏さんと麓隆治さん(お二人とも本誌読者)が「山城がいたから辺野古でこれだけの闘いが創れた」と口を揃えたのを、実物を見てなるほどと思う。
◆これからも
 さて昼間の勤務がまだ残っていて、三月二八日の月曜が最後の出勤日となった。
 朝八時半からの勤務である。八時過ぎ、通用門を通ろうとしたら郵政産業ユニオンの組合員がビラを撒いている。そのKさんは私より二つくらい年齢が下であろうか。共に二六年前、新東京郵便局開局に伴って東京中央郵便局から移ってきた。有名大学文学部出身(この世代では大学まで出て郵便局に就職する人はまだ少なかった)のKさんは筆が立ち、中郵時代から機関紙活動に熱心だった。私も旧全逓労組で機関紙中心に活動していたから、それぞれが編集する紙面で論争などもやったものだ。立場の違いはそれとして、まだ寒い春の早朝のビラ撒きは本当にご苦労さまである。
 ロッカー室で着替え、就労。トラックが運んでくる郵便物、あるいは羽田空港から到着したコンテナに積まれたそれを降ろし、処理していく。月曜の午前というのは郵便内務では物量が比較的すくない。
 午後になって部長席前によばれて「退職」の辞令を受け取った。勤務時間の終わりが迫る。貸与されていたものを全て返さないといけない。ロッカーの鍵、社員証、安全靴・・・。連れ合いが洗濯してきれいに畳んで持たせてくれた作業着に、たった今まで着ていた一着も重ねて。ヘルメットには<NO NUKES>すなわち反核・脱原発をアピールするシールを貼ってある。『ショック・ドクトリン』『暴力の世界史』などの翻訳者・幾島幸子さんからいただいたものだ。会社当局は嫌な顔をするはずだから、剥がしておこうと思っていたのが、忘れてそのまま返却してしまった。特に何も言われなかった。
 いよいよ職場を去るとき、郵便ケースやパレットの整理を専門にやっている非正規雇用の若いFさんと顔が合う。
  「休息室の机にあったの、ちょっと読みました」
 ロッカーを片付けていたら、三年前に大阪のJPネットによばれて「新人事・給与制度」について話をさせてもらったときの報告レジメが数部出てきた。ゴミ箱に捨てようと思ったのをとどまって、休息室にそっと置いておいた。それをさっそく目に留めてくれたらしい。
  「ネットはやる?」
  「たまにネット・カフェに行きます」
 「よかったら<酔流亭>と検索してみて。オレのブログ出てくるから。土田宏樹と入れても出てくるよ」
 彼とは在職中にもうすこし話ができればよかった。昼間の勤務の彼と、夜と昼が入り混じる私とではなかなか時間が合わない。そんなことが心残りである・・・。
 職場報告としてはこれが最後の原稿です。しかし本誌の編集には今後も関わっていくつもりですので、これからもよろしくお付き合いください。


 労働とは人間にとって生活の手段であり、重要な要素だが、体力・気力そして苦痛をともなうものだ。したがって、労働は一日の三分の一に限定されている。他の三分の二は自分や家族のための自由な時間と休息に使われなければならない。しかし為政者は「労働は喜び」「労働は義務」と強弁し、働かせ続けようとする。もちろん賃金は労働の対価だが、無理な労働に人生を捧げる必要などない。時は風薫る5月なのだ。

エボユニの見留さんのツイッターを掲げて終わる。そういえば、争議解決を記念して中心メンバーと会食しようと約束し、未だ果たせていない。どっかで必ず−。

見留 洋子 ‏@EtobicokeYm 2016.5.8
【野麦峠コールセンター】GW期間中のメリットは満員電車から解放されることと、非正規の私たちに挨拶もしない本社連中の顔を見ないですむことだ。明朝の満員電車が今から憂鬱。「連休疲れで午前中は仕事にならないよ」とほざいていた管理者に舌打ちをしたかった去年のGW明け。さぁ今月は稼ぐぞ!
https://twitter.com/EtobicokeYm

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