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zoom RSS あの九州商船で陸員労組の闘いを知らなかった

<<   作成日時 : 2018/02/08 07:18   >>

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「労働情報」の事務所引越しを踏まえつつ、悩み深きことだらけで同世代の男4人が事務所内で痛飲。足の痺れが出てからは注意深くなり、自分だけ先に出る。原稿作業も半分を通過したが、体裁を整えるこれからが難行。とはいえ常に「作業」を捜す習性にも我ながら呆れる。余生を楽しめない業は深いし、自分が話したり書いたものには日々反省で、群馬で話した訪朝報告の校正を依頼されたが、後回しにする(苦笑)。それ以上に、「労働情報」2月号に書いた九州商船スト報告に関しても、まったく違う視点の報告を見つけて慄然。長崎で行われた第51回青年団結報告集会の詳細が長崎地区労HPにアップされており、そこに九州商船陸員労働組合の報告が掲載されていた。海員組合にばかり焦点があたっていたが、陸員労組も闘っているし、そこには分断も垣間見られる。反省しつつその報告を添付しておく。

>五島までの離島航路で船の運航をしている107年の歴史ある企業です。陸員と海員組合があり私は営業部の窓口カウンターで旅行者へ案内業務。事務職の他に物流貨物など、陸上で働いている人の陸員組合で地区労に加盟。海員はフェリーやジェットホイルに乗船しており、全日本海員組合に所属して、上部組織が違います。個別に交渉するので、同席での交渉はありません。夏の一時金で海員が3.65、陸員は3.0と初めて会社が差をつけました。理由は海員はスト通告し、社長が決めたからで済まされ、県労委での斡旋は不調でしたが交渉を続け闘っています。メンテナンス工場の海員組合員を陸員に移し、経費削減を狙って会社は強引な既成事実としてきた。社長は弁護士でもあり、間違っていないと斡旋命令も聞かないので、海員は年末にストを実行した。会社がストに抵抗策を持ち危機的状況です。独裁的感覚の会社と闘って、より良くしていきたい。

歴史と伝統のある青年団結集会だが、最近の模様を知る機会がなかった。長崎地区労の諸活動に敬意を表しつつ、紹介させていただく。本ブログでも紹介したことがある長崎の中川弁護士の『労働組合に期待すること』と題する文章もある。

>51回全国青年団結集会(長崎 2018年1月27〜28日)
http://ntikurou.server-shared.com/heiwa138.htm

なお、今日は同じく長崎地区労HPにアップされていた長崎バスユニオンの闘いを学んでおく。Twitterはいつも拝見しており、「労働情報」にも中川弁護士に書いていただいたが、詳細がわかる。今度は私鉄総連の「言い分」(?)も聞かなければならないと思うと、また悩む。

『長崎バスユニオンの闘い』(長崎地区労HPより)
http://ntikurou.server-shared.com/mede110.htm
 先日、東京で月刊労働組合の春闘研修会で闘争報告をしました。腕章をして1年半、昔は闘争時期は毎年しており、ごく自然な事だが最近は珍しいと言われます。 長崎バスの労働組合は分裂と統合を繰り返してきました。1956年に長崎自動車労働組合(私鉄総連)が分裂し、新しく作ったのが、長崎バス労働組合で交通労連に加盟、以後48年間の分裂の歴史が続く。この間は、総評と同盟の状況で組合どうしの争い。組合員の獲得でガイドさんも取り合い、加入させる為に自宅回りなどもあった。春闘時期は毎年のようにストライキをやり、大手なみに賃金は上がった。 
 2004年に上部団体の私鉄総連などの4産別が組織統合するという事で並行して進んだ。 しかし、産別統合は破綻した。 こちらは合併大会まで決めており、やめられないと2つの組合が合併した。そして過去ストライキで勝ち取った制度が次々と崩されていった。 運転手は事故はつきものですがケガもないのに業務上、電車との接触事故で重い停職処分となった。 お客様の苦情で退職に追い込まれたり、長期に渡り乗務させないなど拡大していき、乗務員の不満が増大していった。
 乗務前アルコール検査で反応が出たら一発解雇となり、基準値0.15以下でも退職に追い込まれた。私の営業所でも本社に呼ばれ肩たたきで退職に追い込まれたりと、20人以上が不満を持ちながら辞めていった。 解雇や依願退職者が相次ぎ、全体で50人乗務員が足りなくなった。 人が足りず休みでも呼び出し、休みもとれない。 組織統一したのは私なので、先輩には申し訳ないが、これじゃイカンと、やらざるをえなくなった。 新しい組合を立ち上げようと準備をして、68名で2015年12月14日に長崎バスユニオンを結成しました。 
 結成当初からあらゆる組合差別が起きた。 これまで多数組合には事務所に会議室も無料で貸しているが、いまだに与えてくれない。 掲示板も元々は2つあったのに、仮掲示板で小さい所。 これまでの団体交渉中は11名まで出勤扱いで賃金保障があったが、第1回目の団交から保障しない。 会社の回答は、多数組合から団交の賃金保障はしなくていいと申し入れがあったという。 組織攻撃を受けながらも2016年3月まで毎月10名以上組合員が入ってきたが100名を超えてパッタリ止まったのは車両問題。 年功順で担当車制度があり、自分のバスに乗れるのは賃金以上に労働条件の一部 会社は組合を変わるとバスを取り上げ、新車の配分も組合員の人数で決めると強行してきた。
 団交を5回も6回も続けたが、11月のストライキまでもつれていった。 地区労の支援共闘会議が12月に発足した。 さらに県の労働委員会に、11項目の不当労働行為の救済申し立てを起こし、2017年8月に和解案が出された。 バスをダイヤに割り振れば平等になるというオールフリーの提案をこちらは受け入れる事にしたが、和解案を拒否した会社側は強行姿勢に転じ10月には組合員への不当懲戒処分と不当配転を強行し、10月2日〜3日処分の撤回と凍結を求め全面ストライキへと発展した。 さらに毎出勤日、地区労車による街宣も行った。 すると会社は私たちの組合員には公休出勤や残業をさせないで、団交を申し込んでも審議は尽くされたと、団交拒否をしてきた。 
 11月16日本社前で抗議行動を行った。 団交に応じるよう求めたが、会社は拒否してきたために、12月6日ストライキへ突入した。 12月9日や12月16日には鉄橋で街宣行動とビラ配布も行った。 そして12月28日に団交を再開した。 午後からは組合員4名の不当な懲戒処分と強制転勤の無効を求めて、長崎地裁に提訴し、県庁で記者会見を行った。 2018年2月9日に第一回の口頭弁論が始まります。 私たちの闘いは憲法に基づいた合法的な闘い。 長期的な闘いだが安心して働く職場を求めて、一丸となって闘っていきたい。

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