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zoom RSS 「氷河期」に入った政治とマスコミが「死」に追いやる

<<   作成日時 : 2012/01/28 07:05   >>

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このブログを始めるまでは「新聞の社説」なるものに興味を示すことなど、実はほとんどなかった。「新聞の社説」なるものが、どこまで影響力をもつものかはわからない。ほとんどないと言っても言い過ぎではないかもしれない。しかし最近は、暇ができたからかもしれないが、一応、目を通すことにしている。残念ながら、日経を含めた全国紙(毎日だけは時々違うが…)に興味をもつことは滅多になく、その内容に、政治や業界・官僚による「世論誘導」を感じている(広告依存であるかぎり仕方はないのだろうが…)。原発の安全神話形成に協力してきたことへの真摯な反省(もちろん「連合」も同罪だが…)も含めた主張が、本来必要にもかかわらずほとんど感じられず、居丈高ささえ覚える。そんな「新聞の主張」だが、キラリと光っているのは地方紙だろう。さすがに全紙を読む余裕はないが、琉球新報、沖縄タイムス、北海道新聞の3紙だけは必ず読むようにしている。新聞労連・東海林委員長からも「正しい選択かもしれませんね」と苦笑しながらも同意(?)をいただいたことは、以前にも記した。

今日紹介してみたいのは、1月25日の北海道新聞の2本の社説であり、各紙と比べるとその「視点」が異なっていることがよく理解できる。1本目は野田総理の施政方針演説に関してのものであり、これはエッセンスだけ紹介する。

>「首相施政方針 公約総崩れなぜ語らぬ」(北海道新聞社説 1月25日)
 野田佳彦首相は「政治生命を懸けやり抜く」と意気込む社会保障と税の一体改革について、本気で国民に理解を求める考えなのだろうか。きのう開会した通常国会で首相が行った施政方針演説を聴いて、そう首をひねった。
 社会保障財源を確保するため消費税を2015年10月までに段階的に10%に引き上げる改革だ。
 だが世論調査で国民の半数以上が反対している。09年夏の衆院選で民主党が掲げたマニフェスト(政権公約)と逆方向に向かう政策転換への説明が足りないからだ。
 首相は演説で改革の必要性を強調するばかりでマニフェストとの隔たりを全く語らなかった。<中略>
 自民党政権時代に消費税率引き上げの必要性に触れた麻生太郎元首相らの施政方針演説も引用し、論議に乗ってこない野党を暗に批判した。しかし自民党のちぐはぐさを突く資格が民主党にあるだろうか。
 予算の総組み替えと無駄な事業の見直しで財源を捻出し、子ども手当や高速道路無料化など新たな政策に充てるとしたマニフェストは総崩れ状態だ。<中略>
 首相はまず「国民の生活が第一」「コンクリートから人へ」とうたったマニフェストのどこに問題があり、財源をなぜ確保できなかったのかを誠実に語るべきだった。それなしに消費税率引き上げに突き進んでも国民はついて行けない。問われているのは民主党政権がマニフェストにない消費税増税を語る正当性だ。 <以下、略>


いや、当たり前の主張だが、実はこの文章は、次のもう一本の社説のための「リード」だからだ。この「怒り」が大事なのだ。

>「相次ぐ孤立死 救いの手を工夫せねば」(北海道新聞社説 1月25日)
 何とも痛ましい「孤立死」だ。札幌市白石区のマンションで、姉妹が生活の困窮の末、亡くなった。
 妹は知的障害者で、姉も無職に近かった。ほとんど外部と付き合いはなかったようだ。生活保護を受けておらず、行政の目も届いていなかった。2人の状況をどこかで把握できなかったものか。残念でならない。
 なぜ、死に至ったのか、市の対応に問題はなかったのか。二度と同じことが起こらないよう、市は経緯を洗い直してもらいたい。
 札幌白石署などによると、姉妹は2007年から同居していた。姉は商業施設で働いていたが、妹の介護が必要になり退社。月約7万円の妹の障害者年金と短期のアルバイトでしのいでいた。両親は既になく、近くに親戚もいなかった。
 近所や行政との接点が希薄だったが、「SOS」に気付く機会はあった。姉は白石区役所へ生活保護相談に3度訪れていた。申請はしなかったが「妹の具合が悪く働けなくなった」と悩みを話していたという。
 市がもっと丁寧に状況を聞き出し、助言できなかったか。
 料金滞納で、電気やLPガスが止められていた。同署は姉が病気で亡くなった後、妹が飢えと寒さで死亡したとみている。
 この時期の電気やガスは文字通りの「命綱」だ。
 北電は督促状を何度も送り、数カ月間、支払いを猶予し、文書で通告したうえで、通常の手続きに沿って供給を停止したとしている。
 類似の悲劇は過去にもあった。事業者に、あと一段の配慮を求めるのは酷だろうか。
 一方、釧路市でも認知症の夫と、世話をしていた妻が遺体で見つかった。生活保護や介護福祉サービスを受けていなかった。
 施設より在宅を重視する国の政策によって、地域で暮らすお年寄りや障害者が増えている。行政や地域がよりきめ細かく連携し、対応することがこれまで以上に求められる。
 しかし、見守りを担当する民生委員は不足し、障害者についてはプライバシー保護から、名簿の提供を受けられないことが多い。周囲の手助けが必要であっても、近所付き合いを敬遠する人も多い。
 行政サービスを受けるには、自ら申請しなければならないが、他人に迷惑をかけたくないとして躊躇(ちゅうちょ)する人もいる。事情は千差万別だ。
 そうした中、さまざまな政策を持つ市など行政の役割は大きい。申請を待つのではなく、状況を察知し手を差し伸べる仕組みを工夫しないと、最も弱い立場の人たちの苦境は救えまい。


地域では様々な取り組みがされている。自分の机の後ろに座る「労働相談担当」の同僚も、65歳を過ぎているが、地元の運動を優先させ、一人の高齢者を担当し、日常的に見守るボランティアとしての役割を続けているという。行政が、双方の希望を聞きながら、支え合う取り組みを実施することに、予算はいらない。消費税増税にともない生活困窮者に1万円を配るより、もっともっと必要な施策があるはずだ。前述の姉妹が生活保護を受給しなかった(できなかった)現実を理解できるだろうか。

地球は氷河期に入り始めていると言われるほどの極寒が、連日続いている。今、この時に、どれだけ多くの人々が「死」に直面しているか、「痛み」を感じなければならない。極寒の中で電気とガスを止めるということは、電力会社等が弱者を「殺す」ということにつながる。電力会社や担当者に、その「痛み」はないのだろうか。日本海側に吹き荒れる極寒の映像を目にするとき、氷河期が来ているのは政治を含めた、この国のシステムであると痛感する。

最後に、ダボス会議での渡辺謙さんのスピーチを、有名ブログ「Everyone says I love you !」より借用して紹介する。これも東京新聞が全文紹介したものだが、ほとんどのマスコミは原発問題にふれたことを紹介していない。やはり意図的なものを感じる。http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/15ea506b0d2f4eca5ee43a3f46abd3c1

>「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

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