基地埋め立て・増設という聖夜土産は誰もいらない

以前にも書いたことがあるが、年末は労組オルグにとっては鬼門にあたる。労働委員にとっては、それぞれの事件に区切りをつけるチャンスで、「争い事を新年にもちこさず、年内で決着着けましょう」と強く要請して和解にもちこんできたが、経営はそう簡単にはいかない。年末倒産・全員解雇、賃金未払いなどが下手をすると大晦日にも飛び込んでくる。労働組合の上部団体の対応できない不意をつくケースもあり、日航整理解雇も年末だったはずだ。したがって、現役時代、クリスマスなどは楽しめず、「良いお年を」などという挨拶はほとんど口にできなかった。時給や日給で働く仲間が、クリスマスや正月に働くと割増が付く、苦しくにがいささやかな楽しみ(…?、それでも正社員の三分の一)も、この「業界」にはなかなか無い…。

そんな哀しいクリスマスプレゼントが、今年もいくつも届いている。しかし、最大の怒りは、また沖縄に届いたことだ。琉球新報は「仲井真知事、負担軽減策を評価 27日に辺野古埋め立て判断」(2013年12月25日)と報じているが、実に哀しい文章だ。

>仲井真弘多知事は25日午後、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた政府の埋め立て申請をめぐり、首相官邸で安倍晋三首相と会談した。安倍首相は仲井真知事が求めていた基地負担軽減策などの要望に対し、米軍基地内の環境保全や調査に関する新たな政府間協定の締結に向けた交渉を始めることで米側と合意したことなどを報告。仲井真知事は「驚くべき立派な内容を提示していただいた。お礼を申し上げる」と述べ、負担軽減策の内容を高く評価した上で、埋め立て申請の可否判断を27日に正式表明する意向を示した。
 安倍首相は会談で普天間飛行場に配備されている垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの訓練について、半分をめどに県外の複数の演習場で実施する方針を伝えた。米軍牧港補給地区の7年以内の全面返還に関し、前倒しを検討する作業チームを防衛省に設置したことも報告した。
 さらに首相は「安倍政権は沖縄振興と基地負担軽減に政府一丸となって取り組む」と表明。これに対し仲井真知事は「首相の気持ちを胸に受け止め、埋め立ての承認、不承認を決める」と述べた。


仲井真知事は首相との会談後、記者団に「結構早く取りかかってもらった。いい正月になると実感した」と述べていた。これで沖縄が再度真っ二つになって争う事態となるのに、許し難い台詞だと思う。そして来年1月19日投開票の名護市長選では保守系は末松氏で一本化したとも報じられた。しかし、政府の「提示」が、数字の操作を含めたデマゴギーにみちたものであることは、昨日の琉球新報社説が看破している。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-217117-storytopic-11.html

14年度予算 「厚遇」は印象操作だ 基地強要の正当化やめよ(2013年12月25日)
 2014年度沖縄関係予算が前年度比15・3%増の3460億円で決まった。増額となったのはともかく、政府が「厚遇」を強調する点に強い違和感を抱く。政府は躍起になって「沖縄に対し他の都道府県ではあり得ないほど特別に国費をつぎこんでいる」というイメージを振りまいている。だがそれは事実と異なる。むしろ他府県にはあり得ない水増しやごまかしがまかり通っている。政府はこれで基地強要を正当化したつもりだろうが、不当な印象操作は直ちにやめてもらいたい。
●数ある「かさ上げ」
 「水増し」「ごまかし」の最たるものは那覇空港の整備予算だ。
 那覇空港は1990年代の段階で既に、2010年代半ばでの「ボトルネック」が懸念されていた。つまり、空港利用の需要が高まり、滑走路1本ではさばききれないという見立てだ。滑走路増設の必要性は全国でも福岡空港に次ぐ二番手の位置付けだった。福岡は既に整備され、那覇に着手するのは自然な流れのはずだ。
 那覇は国管理の空港だから整備は政府の空港整備勘定(旧空港整備特別会計)で計上すべきだ。だが政府はこれを沖縄関係予算に組み込んだ。県の注文で辛うじて一括交付金と別枠になったとはいえ、沖縄以外なら国の予算となるところ、さも沖縄のため特別に計上したかのように装うのは不当な「演出」だ。他の沖縄関係事業にしわ寄せも生じたはずである。
 沖縄関係予算を「かさ上げ」しているのは沖縄科学技術大学院大学も同様だ。2001年に構想が浮上した際は、この経費捻出のため通常の沖縄関係予算が削られるのを警戒する声があった。政府はその点をうやむやにし、一時は文部科学省予算で一部賄うと説明したが、雲散霧消した。今や完全に沖縄関係予算だ。
 本来、入るべきでないこれらを除くと、14年度の沖縄関係予算は2930億円だ。99年度は3282億円だから15年で1割減った。国全体ではこの間、逆に1割以上増えている。
 財政学が専門の池宮城秀正・明治大教授によると、沖縄の2011年度1人当たり依存財源(国からの財政移転)額は32万円で全国18位。類似9県平均41万円の8割弱だ。「沖縄優遇」は印象操作にすぎない。
 戦後通算で見ると沖縄への1人当たり財政援助額は全国平均の6割にすぎず、むしろ「冷遇」だった。復帰後の沖縄への高率補助は戦中戦後の「償い」の意味があったが、今や露骨に基地押し付けの材料だ。どこまで沖縄の尊厳を踏みにじれば気が済むのだろうか。
●程遠い自由裁量
 確かに沖縄振興一括交付金制度は沖縄予算だけにある制度である。だがこれはカネ目当てというより予算の効率化、財政の地方分権論として出た構想だ。地方の実需にあった予算編成とするため、省庁ごとのひも付き補助金でなく、地方の自由裁量で支出できるようにするのが本来の狙いだ。
 しかし制約が多く、自由裁量とは程遠いのが現状だ。沖縄の振興には人材育成が欠かせないのに、例えば教員の加配には使えない。人件費支出を伴うのは予算の単年度主義に反するからという理由のようだが、制約は本来の趣旨に反する。例えば無償の奨学金の大幅創設、留学の大幅増に向けた大胆な支援策などを可能とすべきだ。県は15年度以降、裁量権を広げるべく国を説得してほしい。
 全国予算を見ても解せない点は多々ある。歳出削減に向けた切り込みどころか、各省庁の要求をほぼ受け入れた。増税は財政再建が目的のはずが、従来型の公共事業増加に振り向けられた感がある。
 税制改正の方向も疑問だ。低所得者に負担増を強いる一方、大企業への優遇策が目立つ。「強きを助け、弱きをくじく」構図だ。
 防衛費も増えた。「強権国家」づくりに税金を使うのが安倍政権らしい。予算編成の「哲学」が正しかったのか、疑問は尽きない。


なぜ「県外移設」を公約としていた仲井真知事が、いとも容易く裏切ったのか、ブログ「植草一秀の『知られざる真実』」は、昨日、「仲井真知事が辺野古埋立申請を一蹴できない理由」として、以下のように書いた。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-4bfe.html

>仲井真弘多沖縄県知事が2006年12月の知事選で辛勝した決め手になったのは、徳洲会の全面的な選挙支援であったと伝えられている。
 徳田毅議員は自由連合に所属し、2006年の沖縄知事選に立候補した糸数慶子候補の支持陣営にいた。その徳田毅氏が知事選直前に自由連合を離脱し、仲井真弘多候補支持に回った。徳洲会は組織的な選挙を展開したと伝えられている。
 徳洲会は沖縄にも病院を保有し、これらの病院が基軸となって大規模な選挙応援が繰り広げられた。選挙は糸数候補優位に進展したが、最後の局面で徳洲会による選挙支援が功を奏して仲井真氏が当選したと伝えられている。
 この時期に世間を賑わした大きなニュースがあった。徳洲会病院による生体腎移植の問題である。刑事事件に発展する様相を示していたが、沖縄知事選が終了するのと同時に、潮が引くようにこの問題も報じられなくなった。徳洲会に大きな力が加えられ、そのなかで、徳田毅氏が自由連合を離脱して仲井真氏支持に回ったと見られる。
 このときの首相が安倍晋三氏である。徳田毅氏は沖縄知事選が終了すると、直ちに自民党に入党した。この「工作」を担当したのは自民党幹事長の中川秀直氏であったと伝えられている。
 徳洲会と日本医師会は犬猿の関係にある。徳洲会の徳田毅氏の自民党入党を医師会は嫌ったが、安倍政権がこれを押し切った。
 2012年12月総選挙における徳洲会による選挙違反事案がこの時期に表面化した最大の狙いは、仲井真弘多氏に対する揺さぶりにあるというのが私の見立てである。その見解をかねてより提示してきた。
 仲井真弘多氏は2010年11月の知事選で再選を果たしたが、2006年同様、徳洲会が選挙を全面支援したと見られる。選挙違反事案が仲井真氏に飛び火してもおかしくはない状況にあると考えられる。
 2006年の安倍政権にとって、沖縄県知事選は負けることのできない選挙であった。そこで、かなり強引な方法で仲井真氏を勝たせる手を打ったのだと思われる。
 2010年の知事選では前宜野湾市長の伊波洋一氏が立候補して、辺野古移設反対を主張した。仲井真氏を再選させるために、基地反対票を分断する候補者が擁立されたが、米国は仲井真知事の再選を最優先事項に位置付けたと思われる。
 1月19日には沖縄県名護市で市長選が実施される。辺野古基地建設反対を主張する稲嶺進氏が再選されれば、辺野古基地建設はより困難になる。米国の指令を受けている安倍政権は、何とか、名護市長選の前に仲井真弘多氏に辺野古埋め立て許可を出させようとしている。<以下・略>


冒頭に記したように、個人的にはクリスマスも年末・正月も苦手だ。やはり昨日の沖縄タイムスコラムを紹介する。

[大弦小弦](2013年12月25日)
怒号が響くクリスマスになってしまった。16年前もすごかったけど。当時の比嘉鉄也名護市長が、市民投票の結果を覆し辺野古への海上基地受け入れを表明したころを思い出す▼比嘉市長は「私に命令できるのは市民と議会だけ」と言い続けていた。それだけに反発は大きかった。ことし、自民党の国会議員と県連が県外移設の公約を次々と変えてしまったことと二重写しになる▼〈時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色〉(本紙22日、短歌時評)。松村由利子さんの短歌の鋭さに、はっとさせられた▼「小指の痛みは全身の痛み」と言ったのは参院議員だった故喜屋武真栄さん。だが、パンの耳だと痛みさえも感じないだろう。短歌は沖縄を追い込む酷薄な政治を告発している▼辺野古が標的とされてから名護の人たちは、賛否で分断される苦しみを味わってきた。来年1月19日には市長選が迫る。「誰と一緒だった、とすぐうわさになる」。国策への判断を強いられるという重荷は、もう何年も市民の背中にぶら下がったままでいる▼仲井真弘多知事は、きょうの午後、安倍晋三首相に何を語るのだろうか。多くの県民の意志は、はっきりしている。何度も口にした公約を忘れないでほしい。うちなーんちゅの意志で混乱を終息へと向かわせるチャンスだ。


冷え切った部屋の中、こんな思いで文章を終わりたくないが、現実と向き合うしかない。東京新聞のこんなコラムを紹介して、終わる。テレビのどうしようもない喧噪にあたまを抱えつつ…。

筆洗(2013年12月18日)
街角に音楽が流れる。歳末の商店街のジングルベルも高円寺駅前の若者の歌もいい。とりあえずは「平和」だ▼霞が関で「ケサラ」のトランペット演奏が聞こえた。抗議集会のようだ。切ないイタリア歌謡の不意打ちにちょっとはなをすする。「ケサラ」は「なんとかなるさ」の意味でホセ・フェリシアーノが歌った原曲は家出する男の歌。日本には反戦、抵抗を歌う訳詞(にしむらよしあき)がある▼チリの歌手ビクトル・ハラ。訳詞に「ビクトル・ハラを決して忘れはしないさ」とある40年前の1973年9月の軍事クーデターで、ハラはチリ・スタジアムに連行された▼『禁じられた歌 ビクトル・ハラはなぜ死んだか』(八木啓代著)によると、ハラはスタジアムでも逮捕者のために歌った。兵士にギターを奪われた。手拍子で歌った。銃の台尻で腕を砕かれた。なお歌おうとして射殺された。兵士は言った。「歌ってみろ。それでも、歌えるものなら」▼チリ大統領選決選投票でバチェレ前大統領が勝利した。バチェレさんの父親も軍事クーデターで拷問され死んだ。バチェレさんも母親と拘束された。「痛み」を知る指導者である▼「この牢獄にいるのはもう前に進むことなく、ゆっくりと死を待つ番号ばかり」。ハラがスタジアムで書いた悲痛な詞。街角に音楽が流れる穏やかな日常のありがたさを思う。

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